第6話 イザ地上へ! ジャイアントジェット噴射!

 ディアリーネさんの切迫した声に、魔王だけでなく、その場にいる全員が彼女に注目した。


 一方のぼくはと言えば、全身から冷や汗がダラダラと流れ始める。


 どんな奇跡が起こったとしても、こんな魔族の世界から生きて地上に戻るということだけは、ありえそうもない。


 人間に対して深い憎しみを持っているのは、これまでの話から十分に理解している。もし、ぼくがその人間だということがバレてしまったら、いったいどのような酷い死を迎えさせられるのだろうか。


「お父さま!」


 ディアリーネさんの声が再び響く。彼女は魔王と魔族たちをぐるりと見まわして、彼らの注意が自分に集まったことを確認してから、ゆっくりと話始めた。


「お父さま、わたくしたちにゆっくりとしている時間はありませんわ! 銀の巨人が完成した今、わたくしたちは可及的速やかに地上に出て、魔王国の封印を解除しに向わねばなりません。あの邪神トリージアに気付かれる前に!!」


「そ、そうだ! ディアリーネの言う通り、我々は速やかに行動せねばならん!」


 魔王の言葉を受けて、他の魔族たちからも同意の声が上がる。


「確かに姫様の言う通りだ!」

「やつらに気取られる前に封印を解く必要がある!」

「ミスリルジャイアントなら封印を越えられるはずだ!」

「ならば悠長にしている場合ではない」


 一通りの声が出尽くしたところで、ディアリーネさんが高らかに宣言する。彼女が腕を高く掲げたとき、輝く銀髪がふわっと広がった。


 美しい……ドラゴンのような黒い角と翼が、彼女の白い肌をいっそう引き立てて、まるで美の女神が顕現したかのように見えた。


「というわけで、お父さま! わたくしたち、今すぐ地上へ出発しますわ!」


「「「えぇぇぇぇえ!」」」


 彼女の言葉に、魔王や魔族たちはもちろん、ぼくも一緒に驚いてしまった。


「ディ、ディアリーネ、何もそこまで急がなくても……」


 いかつい魔王が、その顔に動揺の色を浮かべ、両腕をディアリーネさんの方に出してオロオロしていた。


「お父さま! まずは巨人を地上に出すことが先決ですわ! もしトリージアに感づかれて、封印が強化されでもしたら! もうわたくしたちに未来はないですわよ!」


 その言葉を聞いた瞬間、娘を想って狼狽する父親の顔をしていた魔王が、魔族の統治者としてのそれに変った。


「……ディアリーネの言う通りだ。千年の悲願を無に帰すようなことは許されん! 直ぐに立つが良い! 父娘の語らいは、我らが地上に戻った時に幾らでも出来よう」


 そして魔王は、ぼくの瞳をまっすぐに見つめて言った。


「そういうわけだ鍵者むこ殿、お主とはもっと話をしてその人となりを知りたかった。だが、ミスリルジャイアントが選んだ者なのだ。今はそれで十分としよう」


 ガシッ!


 魔王の両手がぼくの両肩に乗せられた。


「魔王国の未来を……我が愛娘ディアリーネを頼んだぞ! 鍵者むこ殿」


「は、はい!」


 つい勢いに乗せられて、ぼくは返事をしてしまった。


 約束してしまったからには、もう腹を括るしかない。


 というか、このまま行けば、とりあえず地上に戻ることはできそうな流れだ。


 色々な問題については、地上で考えることにしよう。


「地上へ行こう! ディアリーネさん!」


 ぼくはディアリーネさんに向って手を差し出した。


「ツン!」


 えっ? ディアリーネさん? どうして唇を尖らせて横を向いちゃうの?


「行こう! ディアリーネさん!」


「ツン!」


 えっ!? どうして?


「……ディアリーネですわ……」


 唇を尖らせたまま、ディアリーネさんが何か呟いていたが、よく聞き取れなかった。


 それにしても、ツンツンしてるディアリーネさんも、やっぱり可愛いなぁ。


 あんなに可愛いのに、あんなに大きなおっぱいだなんて、もう美の女神さえ越えてるんじゃないか。


 いや超えている!(確信)


 ふと気づくと、ディアリーネさんが真っ赤になって、ぼくを睨みつけていた。


 怒った顔も超絶可愛い。


「かかかわいい!? じゃなくて、ディアリーネさんじゃなくて、ディアリーネですわ!」


 ほへっ!?


 あっ!?

 

 な、なるほどぉ……。


 ようやく彼女が言っていることが理解できた。


 コホンッ!


 ぼくは咳払いをしてから、改めて彼女に向けて手を伸ばす。


「地上へ行こう! ディアリーネ!」

「はい!」


 ディアリーネが、ぼくの手を握り返してくれた。


 それは小さくて、温かくて、柔らかくて、とても優しい手だった。


 ミスリルジャイアントの下に到着すると、ディアリーネさんがぼくを後ろから抱きしめて、ドラゴンの翼を羽ばたかせる。


 彼女は、ぼくを抱えてミスリルジャイアントの腰の高さまで飛翔する。


 そして巨人の腹部に突入すると、ぼくたちは何の衝撃も受けず、ミスリルジャイアントの内部に入っていた。


「こ……これは……」


 ぼくは、ミスリルジャイアントの内部の構造を見て驚いた。


 その広さが、明らかに巨人の体格と合っていない。


 広過ぎるのだ。ぼくがいつも泊まっていた宿屋の一人部屋くらいの広さがある。


「ふふふ。鍵様ダーリン、驚きまして?」


 ディアリーネの顔が若干ドヤっている。でもディアリーネはドヤ顔も素敵だ。


 ずっといつまでも見ていたい。


 なんて考えていたら、またディアリーネの顔が真っ赤になる。


「こここ、この場所は魔神アルバ様の魔空間に繋がっておりますの! 今はまだこの広さしかありませんが、魔神の力を取り戻すほどに拡張されていきますわ! さぁ、鍵様ダーリン、まずは地上へ! 魔法障壁の封印を越えましょう!」


 不思議なことに、ぼくはこの空間の使い方を既に知っていた。


全天周表示アストロヴィジョン!」

 

 ブワァァン!と音がして、空間に外部の風景が映し出される。


 上下左右、全方位の風景が映し出されていて、まるで自分が空中に浮いているような錯覚を覚えた。


 頭を上げると、上方映像に魔王国を封印している広大な魔法障壁の存在が、マーカーや数々のパラメータによって示されているのが見えた。


「魔法障壁の解析完了! 巨人の体表面にリフレクションパルスを走らせることで約30秒のジャミングが可能ですわ!」


 ぼくの耳元でディアリーネが囁く。


「目標地点は地上世界! ジャイアントジェット点火!」


 ゴゴゴゴゴゴ……


 足元から振動が微かに伝わってくる。 


「ミスリルジャイアント発進!」


 ジャッ!


 ミスリルジャイアントが両腕を左右に広げ、肘から先を上に上げるのを


 ゴゴゴゴゴゴ……


 上を見ると、徐々に魔法障壁が近づいてくるのが見える。


「魔法障壁、接触15秒前! 14……13……」


 ディアリーネがカウントダウンを始める。


「リフレクションパルス展開、ジャミング開始!」


 全身に微かな電流が走るのを


 魔法障壁が目の前に迫ってくる。


「接触5秒前、3……2……1……0。接触しました」


 ゴゴゴゴゴゴ……


 ミスリルジャイアントが魔法障壁の中へ突入する。


 本来であれば、接触した時点で衝撃が発生するはずだ。


 つまりジャミングは成功している。


 だが、まだ地上に出るまでは安心できない。


 と、気を引き締めた瞬間、


「魔法障壁……通過しました! 地上ですわ!」


 ディアリーネが喜びの声を上げた。

 

 それは、魔王国からでも見ることだけはできた空。


 それは、ぼくにとっては当たり前だった空。


 そして今は、


鍵様ダーリン! これが地上の空ですの!? なんて……なんて大きいの!」


 ディアリーネが空を見上げて驚いている。


 ディアリーネのキラキラと輝く瞳の端から、涙がとめどなく溢れ出ていた。


 そのときのぼくは、空よりもディアリーネの美しさに心を奪われていた。


 ぼくはディアリーネの手を取って、錠者ディアリーネを引き寄せた。


「ディアリーネ! これがぼくたちの空だよ!」


 ぼくを見上げる彼女の瞳が、ぼくを映すのを見た、


 その瞬間――


 ぼくは魂の全てをディアリーネに捧げてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る