第5話 人と魔族と女神と魔神

「人間を見たことがあるのだろうか?」


 ぼくからしてみれば突拍子もない質問だ。


 だけど、こんな質問をしてくるということは、ぼくが人間であることがバレていないということかもしれない。


 もしそうだとすれば、ぼくが生存できるルートがまだ残っているということか。


 質問に対して何と答えようかと考えていると、ふとディアリーネさんと目が合った。


 そう言えば、彼女には、ぼくの心が読めるという能力があったような。


 ジィィィィィィィ。


 ディアリーネさんが無言でぼくを見つめていた。


 ぼくの額から玉のような汗が流れ落ちる。


「お父様、外からいらっしゃった鍵様ダーリンが、わたくしたちの事情をご存じであるはずがございませんわ。まずはその説明をなされないと、何をどのように答えればよいのか、鍵様ダーリンが困惑してしまうのも当然です」


「なるほど、ディアリーネの言う通りじゃな。すまなかった鍵者むこ殿、まずは我らのことをお話するとしよう」


 魔王が手をパンと叩く。


「誰か魔神十三旗を持って参れ」


 魔王の命令に従って、十三名の魔族が大きなタペストリーを掲げて入ってきた。


 先頭に立つ一名の後ろに、四列の縦隊を組んで残りの十二名が並ぶ。


 先頭の男が持つタペストリーを指差しながら、魔王が話始めた。


「ことの起こりは、我らが魔神アルバ様と憎き魔女トリージアによる争いだった」


 それまで魔族が平和に暮らしていたトゥカラーク大陸に、女神トリージアが人間を連れてやって来た。


 母なる聖樹の意志に従って、当初、魔神アルバは、新しい女神と人間たちを受け入れた。彼らがこの大陸に馴染むことができるよう、何かと手を差し伸べもした。


 しかし、時が経つにつれて、女神トリージアは、その傲慢な本性を現し始める。魔神アルバを土着神であるとして、あらかさまに見下すようになっていった。


 女神トリージアを信奉する人間族も、魔族を奴隷として扱うようになり、ついに両者の間で戦争が始まってしまう。


「……そして我らは敗れ、我らは魔神アルバ様と共にこの地下深くへと封印されてしまったのじゃ」


 魔王の話が終わると、旗を掲げていた先頭の一人が後ろへと下がり、ぼくの前には4つのタペストリーが並ぶ。


 タペストリーには、暗い洞窟に閉じ込められた魔族が苦悩する様子が描かれている。


「地下深くに閉じ込められた我らの先祖は、本来であればこのまま闇の中で滅んでいたところだった。だが、そうはならなかった。思慮深き魔神アルバ様は未来を見通していた。古き友を我々に遣わしてくださったのだ」


 そう言って魔王が4枚目のタペストリーを指差す。そこには、長い髭を生やした老人の姿が描かれていた。


 老人が持つ杖の先端に、輝く太陽のような図像が描かれている。


「古き友は、鍵者むこ殿と同じく封印を破って降りてこられた。そして闇の中にいる我らに光を与えてくださった。その多くは我らが地下で生きるための智慧と術であったが、最も大事な光こそは予言……」


 旗を掲げていた4人が後ろへと下がり、ぼくの前に次ぎのタペストリーが並ぶ。


 そこには白い巨人が魔族の手によって作り上げられていく様子が描かれている。


「古き友は、我らが地上に戻る日が必ず訪れるとおっしゃられた。我らに銀の巨人を創ることを説き、そのための術を授けてくださった。古き友が残された予言……」


 魔王の目と口調が熱を帯びる。


「錠なる者と鍵たる者に導かれし銀の巨人が、我らを地上へと到らしめるであろう!」


 旗を掲げていた4人が後ろへと下がり、最後のタペストリーが並ぶ。

 

 そこには二人の人物を手に乗せた白い巨人が、封印を打ち破って地上へと向かっていく様子が描かれていた。


「そして今、その予言の通りに、鍵者むこ殿と錠者じょうしゃディアリーネによって、銀の巨人に命が吹き込まれた。我らは間もなく地上へと戻り、魔女トリージアと人間共から世界を取り戻すであろう!」


「「「おぉぉぉぉ!」」」


 周囲の魔族たちから歓声が沸き起こる。


「誰か、我が旗を持ってまいれ!」


 魔王が命令すると、すぐに大きな一枚のタペストリーもったミノタウロスが現れた。


「コホンッ!」


 魔王が咳払いすると、タペストリーが掲げられる。


 そこには、銀の巨人に導かれた魔王らしき人物が、半魚人みたいな奴らを蹴散らしている様子が描かれていた。


「予言は我らが地上に戻るところで終わっておる。この旗はその先の未来をワシが考えて作らせたものじゃ。地上に戻った我ら魔族が人間共を成敗している様子を描かせておる」


 ぼくは恐る恐る手を上げて、魔王に質問する。


「あの……この緑色の……魔王様の足元で踏み潰されているのって、人間ですか?」


「さすが鍵者むこ殿、察しが良いな! その通りじゃ!」


 半魚人って魔族なのでは?


 というか、タペストリーの中に描かれていた『古き友』こそ、そのままの人間の姿なんだけど?


 と思ったところで、ディアリーネさんと目が合う。


 彼女は驚いたように目を丸くしていた。


 やはり心が読まれているのだろうか。


 だとしたら、ぼくのことが人間だと彼女には分かっているはずなのだが。


 なぜそれを指摘しないのだろう。


「お父さま!」


 突然、ディアリーネさんが声を上げて立ち上がった。


 あっ、やっぱり言っちゃいますか。言っちゃいますよね。


 ディアリーネさんは魔族で、ぼくは人間だもの。


 その時、ぼくには死を覚悟することしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る