たった一つの、冴えないやり方(茉莉視点)
他人に裏切られた経験がある人間は、覚悟が決まらない。
だから、どうしてもふんぎりがつけられない。
そう言い訳をして、実のない時間を浪費していくだけだったわたし。
たとえ何度身体を重ねたところで、心はどこかへ置き去りのままだ。
「……茉莉さん、すまない」
だからこそ、目の前でわたしに土下座する和成さんのことを、何か他人事のように受け止められてしまう自分がいる。
「俺は、真弥がもうすぐ死ぬと知って、看取ってやりたいと思ってしまった。これは茉莉さんに対する裏切り以外の何物でもない」
付き合いだしてもいまだに茉莉さん呼びをする和成さん。そして慣れた口調で当然のように呼び捨てされる真弥さん。
言葉の、そして態度の端々に、潜在意識というものは見え隠れする。
きっと、わたしもそうだったのだろう。
お互いに傷をなめ合い、そして癒そうとして、深いところは何も変えられず、それだけで終わった。
だけど、これだけはわかる。
わたしも和成さんも、幸せになりたいから、お互い一緒にいたことは間違いないんだと。ただ、必死に幸せをつかもうとして、なやんで、あがいて。
だから。
「……お互い様です。わたしのことは気にしないで、和成さんの心を最優先になさってください。いままで、ありがとうございました」
そういうしか、できなかった。
それでも、和成さんに対して、不思議と嫌悪感は少なかった。
わたしに隠すように浮気を繰り返し、それが発覚しても心からの謝罪を見せる様子もなかったあいつと比べて、和成さんはなんと誠実なことだろう。
そんなふうに思えてしまったから。
心のどこかで他人に対する不信感を消し去れなかったわたしが、異性に対してそう思えるようになっただけで、和成さんと一緒にいた時間は無駄じゃなかった、はず。
わたしも、きっと幸せに、なれるはずなんだ。
だからほら。
流れる涙も、こんなにも少ない。
―・―・―・―・―・―・―
「……本当に、それでいいのか、茉莉? なんなら、和成をぶん殴ってでも……」
ことがことだけに、家にて一部始終を兄に報告せざるを得なかったが、物騒な物言いをする兄に対して感謝しつつも、やんわりとたしなめることにする。
「そんなことをできる立場だと、思ってるの?」
「……はは、違いねえな」
兄は、おそらくもうすぐ入籍するだろう。
なんだかんだ言っても、過去を乗り越え美月さんを支える決断をした兄は、誇らしい身内だ。
ただ、もちろん美月さん本人も深く後悔しているとはいえ、一連の騒動の始まりともいえる彼女の立場は微妙に違いない。その証拠に、いまだ美月さんと真弥さんは連絡を絶っているだけじゃなく、兄と和成さんも疎遠になりがちで。
真弥さんの容態に関しても、兄と美月さん、どちらもまったく知らなかったことだったのだ。
和成さんも、美月さんに対し、いろいろ思うところはあるに決まっている。
それでも、兄の気持ちを優先して、黙って呑み込んでくれたのだ。兄がえらそうに正義の味方を気取れるわけもない。
「……ただ、心配なことこの上ないな。和成のやつ、なんでみずから不幸な方向へと進むのか、気が気じゃないわ」
「真弥さんがそうなってしまっても、見て見ぬふりをすることが、正解だと思ってる?」
「い、いや、そうまでは言わないが……いつまでも引きずるとしか思えないぞ。ヘタすれば一生……」
「……わたしは、そうは思わないですけど」
「は?」
「和成さんが、過去を過去として受け止められるようになるには……こうするしか、なかったんじゃないかな」
「……」
それだけ言って、兄への報告を終えた。
正直、わたしは、悲しみよりも。
和成さんをうらやましいと思う気持ちのほうが、強いのかもしれない。
過去は、過去。そう割り切れるようになるきっかけが、ただ不幸なだけで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます