報い

 真弥の余命宣告。


 もう真弥とは別れは済んでいる。俺にできることはないだろう。

 なのに、なぜこうまでも落ち着かないのか。


 こういうのも未練というのかは、わからない。だが、仮にも過去に自分の配偶者だった人間がもうすぐ死ぬという皮肉で残酷な現実を、見て見ぬふりはできなかった。


 なのに、病室というまがまがしい場所で、久しぶりに会った真弥を直視できない。


「……なんで、なんで……?」


 真弥は真弥で、自分の弱り切った姿を見られたくなかったのか。

 ベッドの上で起き上がる気力もないままに、やってきた俺をチラ見し、すぐさま天井へと目をそらす。

 その後、手でやつれきった顔を覆い隠すさまを不憫に思いつつも、同情の言葉をかけるのも違う気がして、俺は黙り込んだままだ。


「……お、ひさしぶり、です」


 気まずい空気の漂う中、覆う手の隙間から俺の方を見て、ようやく真弥が言葉をそれだけ絞り出した。

 俺の方は返事など当然できない。


 花でも、買ってくればよかったな。

 そうすれば少しは会話できたかもしれないのに。


 考えたのは、そんなくだらないこと。


「……また、来る」


 予想だにしない現実に打ちのめされたらしい俺は、ここから立ち去りたくて、そう言って病室をそそくさと出てしまった。



 ―・―・―・―・―・―・―



 こうなっては、元義父からもっと詳しく事情を聞くしかあるまい。

 自分の娘が不憫で仕方なくて、迷いに迷って俺のところまで来たのだろうということはわかる。


 だが、元義父は何を俺に求めているのだろうか。

 それだけはわからない。なので、話してみないことには始まらないと思った。


 病室を出た俺は、ロビーへと場所を移動し、あらためて元義父と向かい合う。


「……真弥は、自分の病状を知っているんですか?」


「……はっきりとは言っていない。だが……」


 自分の身体のことくらいわかっているだろう、と言いたげな元義父も、やはりやつれたかのような風貌だ。それはそうだろう、自分の娘が逆縁を切りそうな状況で、前向きになどなれるはずがない。


 それでも、親になったことのない俺に、親の気持ちがわかるわけがないから。

 尋ねてみるしかないんだ。


「……俺に、何を、望んで、このことを伝えに来たんですか?」


 すると、少し間を開け、言いづらそうに、元義父は俺の質問に答えてくれた。


「……真弥はな」


「……」


「再発したとき、わりと冷静に自分の現状を受け止めていたんだ。この世に未練などないし、どうなろうとかまわない、と」


「……」


「だが、その中で一つだけお願いをしてきた。和成君にだけは、伝えないでくれとな。また和成君に会ってしまえば、この世に未練が残りそうだから、と」


「……」


「私は、自分の血を分けた娘が、そんなふうに思ったままこの世を去るのが、我慢ならなかっただけなんだ」


 それだけ言って、すまない、と言わんばかりに元義父が頭を下げてくる。


 俺は俺で、余計に混乱してきた。

 どうするのが正解か、余計にわからなくなったからだ。


 どうでもいいことなら、ここまで心は痛まない。

 元義父に対して、よく知らせてくれた、という思いと、余計なことをしてくれた、という思いがせめぎ合って。

 俺の心の中で、真弥に対する怒りと憎しみと悲しみと──愛しさが混じり合っていく。


 失ったものほど惜しく感じられるような気持ちに、今さらなるとは思わなかった。




────────────────────




遅れて本当に申し訳ございません。

うまく書けなくて四苦八苦しておりました。もうあきらめて書いたところまで話を進めます。

手直しはそのあとで。

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