道半ばにて
俺が、茉莉さんに結婚を前提とした交際を申し込んでみたところ。
返ってきた言葉は、首肯でも拒絶でもなく。
「……わたしで、いいんですか?」
そんな言葉だった。
その真意はわからない。だが、いやがってはいないことは確かだろう。
煮え切らないけれど。
俺は過去と決別するつもりで、一大決心をしてそう言ったというのに。
煮え切らない茉莉さんの態度に拍子抜けしてしまったんだ、ただ。
そんな心境のまま、その日の夜に茉莉さんの実兄、桂木大作から呼び出しを食らう。
十中八九、茉莉さんとのことだろう。そう覚悟して呼び出し場所へ行ったはいいが。
「……久しぶりだな。ま、今日は飲もうぜ」
「……ああ、そうさせてもらう。すみません、とりあえず、生中」
「……」
「……」
なんだか桂木の態度も煮え切らない。
乾杯をした後も、お互いに口数が少なくて、気まずい雰囲気が漂うばかりだ。
仕方ない。
自分から、打開しよう。
「……美月の様子は、どうだ?」
だがしょっぱなからヘタレた。俺の短所はこういうとこかもしれない。
まあ、聞かなければならないことではある。当事者が自分でない分訊きやすかっただけで。
「あ、ああ。まあ、もう大丈夫だと思う。心の傷以外はな」
「まあ、それはそうだよな……」
美月の心の傷──俺は尚紀の死という原因しか思い浮かばなかったが、単純な話ではないようだ。
「ああ。美月本人も、いろいろ前向きになろうとしてくれてはいると思う。だけどな、初恋の相手だけでなく、親友も、自分の積み上げてきたものも、そしてプライドもなにもかもなくしたんだあいつは。そう簡単に行くわけがないさ」
親友、というのは、真弥のことだろうか。
ただ確かに真弥が尚紀と付き合いだした経緯というものを知ると、美月がすべての元凶だとすら思える。
心がまだ残っていた男に自分の親友を紹介するとか、そりゃなじられても仕方ないか。
「……そうか。で、桂木はどうするんだ?」
だからこそ、桂木の今の気持ちはどうなのか、知りたくなるってもんだ。
自分が重なる、という理由だけではなく。
俺に質問された桂木は、やや言いづらそうにしながら目の前の中ジョッキを空にし、ぷはーっとため息をついてから、俺の目を見ずにしみじみと答える。
「俺はな、またあいつと、たわいもない言い合いをしたいんだよ」
「……そうか」
「……おかしいか?」
「いや……なんとなく、気持ちはわかるさ」
戻りたくても戻れない、過去。選ぶべき道を間違えてしまっては、どうしようもない。
だから俺が、俺なんかが──何かを桂木に言う資格なんて、ない。
そこでふと考える。俺の場合、どこが間違っていたのだろう、と。
真弥にプロポーズしたことか。真弥と結婚したことか。それとも──
「……で、和成。茉莉に、ちゃんと言ったようだな」
「! あ、ああ」
ヨコシマなことを考えてるのを見抜かれたかのように、今まで言いづらそうにしていた桂木から今日の本題を切り出され、俺は少し焦った。
「まあ、こういっちゃなんだが、和成なら茉莉を幸せにしてくれると、俺は思ってるよ」
「……」
「だけど……いいのか?」
「……何がだ」
「……」
俺が聞き返すと、桂木が黙り込む。
そこには『言いづらい』ではなく、『あえて言わない』という意志が込められていることを察した。
「……兄妹して、なにを考えているんだ。揃いも揃って煮え切らない態度を見せられると、俺も正直自分の気持ちが疑わしくなるぞ」
「……すまない」
「いや、心配してくれているんだろ?」
「俺はそこまで、お人よしじゃない。心配することすらおこがましいよ、和成たちに消えない傷を刻んだあいつを保護して立ち直らせたいと願っている俺にはさ」
「……それこそ桂木の自由だ」
確かに美月は憎い。
ただ、その憎しみの百分の一くらいには、哀れだとも思っている。
少なくとも、尚紀みたいなクズに捕まることさえなければ、もう少しまともな人生を送れたはずなのだから。
美月にとっては、最初に桂木みたいな誠実なやつと出会ってなかったのが、不運だったということだ。
やや遅れて、俺も目の前の中ジョッキを空にする。
俺も、最初に真弥じゃなくて、茉莉さんと出会っていたら。
などと、女々しく考えながら。
そこには一つの疑問が浮かび上がる。
だがそれは果たして、俺の望む幸せの形と、言えるのだろうか──と。
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