宣告
思うところがありすぎて、心の中はいまだにまとまらないまま。
それでもケリをつけて違う方向へと前を向かなければならないという思いは強くなり。
やがて、これが最後であろう、慰謝料の支払い日を迎えた。
「……おじゃま、します」
まず、いつもよりもやや遠慮がちに家へと上がる真弥に違和感を抱いた。そして何か包みを持参している。
が、それよりもまずは、差し出された慰謝料を受け取って中を確認するのが先だ。
ひい、ふう、みい……
「……確か、きょうで完済するという予定だったよな? 少し足りないぞ?」
受け取った慰謝料は、予定よりも少なかった。なので事務的に訊いてみると。
「あ、あの……ごめんなさい。全額は、用意できなくて……少しだけ待っていただけないでしょうか……」
真弥は、ここでも遠慮がちにそう答えてきた。
よく考えれば、今までの返済ペースが異常だったんだ。金額的にも、かなり無理をして返済していたであろうことぐらいはわかっている。病み上がりの身体で。
一回くらい支払金額に満たなくても、怒るような気にはなれない。
というか、もうこれで、おしまいにしてやってもいいと、本気で思った。
だから。
「ま、また来月、必ず渡しますから……」
「いや、もういいさ」
「……え?」
俺は真弥の言葉を遮った。
「もういいんだ、真弥の誠意は受け取った。だから、これで完済としよう」
「え、で、でも……それでは……」
「いいんだよ。これからは、お互いに前を向いて生きていくべきだ」
「……それは、どういう……」
なんとなく納得いかなさそうな真弥だが。
このまま、お互いに過去に縛られる必要なんて、もうないだろう。
「実は、結婚を前提に付き合っている女性がいる。俺はその人とこれからは生きていきたい。だから、過去のことは水に流す。そしてお互いに忘れよう。前向きに、だ」
「………………………………え………………………………」
そこで、真弥は一言だけ発し、黙り込んでしまった。
なんだろう、こうもあっさり俺に赦されるとは思っていなかったのだろうか。
沈黙の理由がわからない。俺が赦すといったんだから、てっきり喜ぶものかと予想してたのに。
「…………そ、そ、う、で、すか……和成さんは、その人のことを、あ、い、して……」
「ああ。これから、一緒に幸せの中で暮らしていければなあと思っている」
「…………」
相手が、桂木の妹だとは言わなかった。言う必要はないと思った。
なぜか言えなかった。
──しっかりしろ。きょうでけじめをつけると自分に誓っただろう。
「まあ、そういうことだから、さすがにもう真弥と会うことはできない。勘繰られたら困るからな。そしてこれからの幸せの中に過去の恨みつらみは必要ない。これほどの短期間でここまで支払うという真弥の苦労も分かっているつもりだ。それも加味して、過去の過ちをすべて忘れるから、真弥もどうか過去にとらわれず、前を向いて歩いて生きてくれ。お疲れ様」
俺がそう告げても、真弥はしばらく固まったままだった。
だが、蒼白くなった顔色をごまかすかのように、突然。
「……おめでと、う、ございます。和成さんの幸せを……心から、ねが……」
たどたどしく、口を開いた。
言いたいことがまとまらない、でも何か言わないといられない。そんな感じで。
それも、真弥の誠意と受け取っておこう。
「ああ。できることなら真弥も、これから先の幸せをつかんでほしい」
「……」
「いままで、俺の人生にかかわってくれて、ありがとうな」
だから、俺も心から半分、うわべだけ半分でこう言うさ。
最後くらいは。
俺の『ありがとう』を受け、真弥はハッとしたように、突然ガバッと頭を下げて。
「……こちら、こそ、ありがとう、ございまし、たぁぁぁぁぁぁ……」
嗚咽を漏らすかのような声でそう返してくれた。床にぽたぽたと涙らしきものがこぼれている。
俺に赦されたことが、それほどまでに嬉しかったんだな。
そう思うことにしよう。
そうして真弥は、ふらふらとした足取りで、家を出ていった。
「……よければ、これ、食べてください……」
持ってきた重箱みたいなものを置いたまま、そう言い残して。
真弥が立ち去った後、なんだろうと思って重箱の中を確認してみると──そこには、たくさんのヒレカツが入っていた。
…………
そう、いえば、今日は確か……
────────────────────
まだあと4、5話くらいは続くんです。ごめんなさい。
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