あと一歩が踏み出せない

 そうして真弥は、一か月に一度だけ俺の家に来るようになった。


 むろん名目は、慰謝料の支払い。

 だが実際は、遊びに来ると同義だろう。


 こいつ、友達いないのか? とも思ったりしたが、冷静に我が身を顧みると、俺自身も友達といえる相手は桂木くらいしかいないので、そのあたりにはツッコまなかった。

 美月との関係はどうなったんだろう、などと思わないでもない。


 …………


 ま、あんな事件があった後では、美月と連絡を取り合うのも無理だよな。

 むしろ美月を憎んでもおかしくないくらいだ。


「……でね、結局その人が倒れちゃって、職場はパニックに……」


 半分うつろなまま首の上げ下げで相槌を打っている俺が何を考えているのかなど気にもせず、一か月の間に起こった出来事を嬉々として話す真弥。

 体調も多少戻り、最近働き始めたようだ。と言っても派遣社員らしいが。カツラかぶる必要もないくらい髪の毛も伸びてきた。

 ただショートカットの真弥を見慣れないせいか、別人のような違和感もある。そのせいだろうか、こうやって真弥を目の前にしても穏やかでいられるのは。


 話は戻るが、真弥は派遣で手にした給料を、ほぼ全額俺へ渡しに来る。いまだに実家住まいだから、無駄な金を使わなければそれで何とかなるのかな。うらやましい。


 俺は、これから先どうやって生きていくか、ってことだけ考えてるってのにさ。



 ―・―・―・―・―・―・―



 真弥と定期的に会う一方で。

 俺は茉莉さんともちゃんとデートらしきものをしていた。


 なんだかんだいって、この前茉莉さんに言われた言葉は俺の中で引っかかっている。

 うぬぼれかもしれないが、茉莉さんは俺に対して好意を持ってくれていると思う。


 だが、ここから一歩を踏み出すのが、正直に言って怖い。


 ──だって、茉莉さんが裏切らないとは限らないだろう?


 ──そんなわけないだろう。茉莉さんだって、裏切られた側の気持ちをよく知っているのだから。


 どっちの俺も本心だ。

 そんな堂々巡りが繰り返される中で、気づけば離婚してからもうすぐ一年。


 このままではよくない。それはわかっている。だから、俺は俺でけじめをつけなければならないんだ。


 もう流されるのだけは勘弁。

 真弥との関係は、慰謝料を返済し終われば、すべてなくなる。


 未練は、無理やりにでも断ち切ってこそ、だ。


 …………


 そう考えて、ハッとした。

 いまだに自分が、真弥に対して未練を持っていたことに気づいて。

 今のまぬけ顔はとてもじゃないけど、真弥にも茉莉さんにも見せられない。


 …………


 でも、それはもう今となっては、自分でケリをつけられるほどに些細なものだ。


 些細なものなんだ。


 些細なもののはずだ。


 だから、俺も動かなきゃな。自分のために、自分のためだけに。

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