気力
なぜかはわからないが。
真弥の容態は、俺が見舞いに行った日から快方へとむかったらしい。
経過もほぼ寛解と言っていいらしく、退院の運びとなったようだ。
「本当にありがとう、和成君」
そのせいで、こうやって俺の家にまで元義父がお礼に来ている。
はっきり言って鬱陶しいことこの上ないのだが、邪険に扱うにはいろいろしがらみが多すぎるので、話だけは聞いているというわけだ。
「……俺に礼を言う必要、どこにあるんでしょうか」
「真弥は、和成君のためにできることなど何もないという絶望感に包まれ、生きる気力さえもなくしていたんだ。それを和成君は解消してくれた」
だが戸惑いしかないっての。多少の嫌味も込めた発言が流される。地味につらい。
だいいち、真弥が死んだら墓参りくらいはしてやるといっただけで、どうして真弥の気力が回復するのかイミフである。
「……慰謝料払うことくらい終わらせてもらわないと、こっちも困るんですけどね」
「それはもちろんだ。だが、真弥にとってはそれを終えたら、和成君との関係はなくなってしまう。そんな恐れを抱いていたとしても不思議ではない」
「……」
「結局、真弥のことを一番愛してくれていたのが誰だったか、本人も痛いほど理解しているだろうからな」
そういいつつ酒が進む目の前。
クソ重い雰囲気になることを恐れて酒を勧めたはいいが、そのせいで元義父が饒舌だ。相手しづらくて悩ましい。
「今さら都合よすぎませんかね?」
「……すまない。そうだな。結局真弥は誰からも愛情をもらえない愚かな選択をした。とはいえ、それまで必死になっていた再構築をあきらめた時点で、自分の生きる意味さえも見失ったことだろう」
「……」
「それでも、たとえ慰謝料を返し終えたとしても、和成君との縁が完全に切れることはない。そう思えただけで、ありがたかったんだよ」
勝手な言い分過ぎるだろ。
とは思ったが、今この場で言うべきことではないとも思ったので、黙っていよう。
病は気から、とはよく言ったもので。
──そんなに、俺に墓参りしてほしかったのか、真弥は。
俺は皮肉めいた笑みを浮かべながら、元義父に負けじと酒をあおり、考える。
死んだ後のことで気力が戻るってのもおかしな話だな。
いや確かに、真弥の現在は、死というものと向き合わなければならない状態だったことは確かだけどさ。
おまけに目の前で他人が死ぬという──いや他人じゃないか。自分が与えた愛情を返してほしかったのに、結局自分へ返してもらう愛情などかけらも持ってなかった、死ぬ直前に自分じゃない女の名を呼んだ男の死だ──ショッキングなシーンまで目撃してしまってはな。アレに関しては俺にもトラウマが軽く植え付けられた。
結局真弥は、まさしく今の自分が誰からも愛されてないということに気づいただけだな。目の前にいるこの義両親以外に。自分が誰かを愛するよりも、誰かから愛される方が幸せを感じ取れる、はずなんだ。人間ってのは。
ま、自分の罪を償うために命を懸けなければならなかったと気づいてはいたようだけど、散々好き勝手やった尚紀が死んでしまった時に、命を懸けるつもりだとしても、それは口先だけだったとも気づいた。
だから、別れを選んだ。
そう思うしかないな、俺は。
もし自分が死んでも、俺が墓参りをするだけで、許された気になるのかねえ。真弥は。
わからん。
こんな時は、酔うとしよう。
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もう少しだけ続きます。
本当にお待たせして申し訳ないです。
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