割り切れない
「……少しは、前向きになれましたか」
桂木と会った次の日、待ち合わせの駅前で。
午前十時十分前に会って早々、茉莉さんにそんなことを言われる俺がいた。間抜けな話だが、俺の顔のどこかに心の奥底でくすぶってる説明できない感情が表れているのかと思うと、改善しなければならないと強く思う。
「……俺の顔になんか出てた?」
というわけでそう訊いてみると、茉莉さんは首を横に振って、眉毛を八の字にしたままぎこちなく笑った。
「そういうわけではないのですが」
「……なら、いいんだけど」
「むしろ、和成さんがあれほどのことを半年もたたずに割り切れるような人間なら、びっくりですよ」
「……違いない」
なんだかんだいって、茉莉さんには情けないところも見せているし、俺が割と未練たらたらな人間だとも知られている。だいいち、茉莉さん自体もサレ経験者だ。
似た者同士。
傷をなめ合うには、これ以上ない相手でもある。
だが、今はそれだけでしかない。似た者同士だからこそ気になって、似た者同士だからこそわかる部分がある。だから、一緒にいて必要以上に傷つくことがない。
傷つけあうような関係しかまわりになかった俺には、それだけで癒しに感じられるんだ。恋心のあるなしはお互いに意識してない。
「まあ、きょうはせっかくですから、楽しみましょう」
「……だな。楽しまないと、久しぶりに手にした幸運ですらも無駄になる」
胃薬を買った時に、三千円以上買うと対象となるドラッグストアの抽選会で、なぜか一等のネズミーランド、ペアのフリーパスが当たった。
だが、俺はもちろんのこと、まわりにそれを有効活用できそうなカップルがいない。なので茉莉さんに『友だちと行ってよ』と譲ったら、なぜか俺が指名で誘われた。以前世話になったこともあり、その誘いを無下にすることも憚られたのでこうなったわけだが、桂木もいない二人きりでいったい何を話せばいいのかわからない。
だから、楽しむことで、話す機会を減らせばいい。
そう思ったが甘かった。いくら乗り放題フリーパスといえど、待ち時間は平等である。
ふたりならんで無言でいると、思い出したくないことまで思い出すくらいには、まだ俺はネガティブだ。
──そういえば、真弥とネズミーランドに来たことはなかったな。まあ、真弥は俺となんか来たくもなかっただろうけど──
「……ところで、和成さんは、前の奥さんとここに来たことはなかったんですか?」
「え」
そんなことを考えてると、茉莉さんにそうツッコまれて俺は狼狽する。エスパーですか、茉莉さんは。
「来たことは、ないよ」
「そうなんですか? なぜ? こういうところは恋人同士のデートとしては定番じゃないでしょうか」
「……そこまで考える余裕、なかったから、かな」
「……」
冷静に努めてそう返したが、茉莉さんは察したようで、話の矛先を変えてきた。
「……ネズミーランドって、付き合い始めのカップルがデートするなら、楽しいですよね」
「そうなの?」
「ええ、待ち時間が長いですから、付き合いたてのカップルなら話がしやすいかと思いますし」
「なるほど……お互いをいろいろ知ることもできる、と」
「そうですね。逆に、すれ違いが出てきたカップルがデートしたら、そのまま別れてしまうのかもしれませんけど」
「……」
待ち時間が長いと、その間にかわされるふたりの会話もすれ違うことが多くなる、という意味だろうか。
そうか、そんなことなら真弥と結婚前にデートすべきだったな、ここで。最初からお互いがすれ違ってたと結婚前に気づいたかもしれない。
…………
いかんな。真弥とはもう別れた。今さらそんなことを考えても仕方がない。だいいちそんなこと考えてたらまた顔に出そうだし、茉莉さんに対しても失礼なことこの上ないから。
「じゃあ、俺と茉莉さんの場合、どうなんだろうな」
それでも俺は俺だった。真弥のことを忘れて茉莉さんに話しかけようとしたはいいものの、質問の内容がかなりあんぽんたんな内容である。言ったあとにハッとしてももう遅い。
だが、茉莉さんは幸い気分を害さなかったようで。
「多少、気まずくはありますけど……でも、安心はできますね」
「……そっか、ならいいけど」
「そうじゃなきゃ、一緒に来ようなんて、誘いませんよ」
そこでくすくす笑う茉莉さんの眉間に、しわは寄ってなかった。
安心できる。その意味は、間違いなくコイゴコロなどというものではなく。
おそらくは、同じ目に遭ったもの同士、苦しみも悲しみもむなしさも分かり合える。さらけ出せる。
さっき俺が思った、これ以上傷つけあうことのない者同士。だからこそ、なのだろう。
俺は、前を向いて、いいんだろうか──
────────────────────
悪いほうのフラグが立ったような気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます