夢かうつつか

 まあ、今さら桂木に隠す必要は全くないのだが。

 真弥が何を思って治療しているのか、なぜ俺のもとへ姿を現さないのかわからないから、人づてに聞いた話だけしか言えることはない。


「……会って、ないのか。真弥ちゃんと」


「ああ。俺から望んで会うこともないしな」


「……ま、そうだな。きれいごとだけで済まされる問題じゃないし」


 桂木は少し気まずそうに目の前のお冷やのグラスに目をやり、少ししてからそれを一気に飲み干した。

 きれいごとだけで済む世界ならどんなにいいことだろう。だが俺たちは、きれいごとはしょせんきれいごとに過ぎない、ということをいやというほど味わっているわけで。


 以前に、桂木から聞いた、美月の様子もそれだ。


 尚紀が刺されて死んだということを、しばらく経ってから教えられた美月は。


『……最後まで、バカな男……』


 それだけしか言わなかったらしい。

 美月も、桂木がそばにいるということで曲がりなりにも前を向こうと決意したのだろうが、じゃあ何のしこりもなく桂木と美月が幸せに暮らせるか、というとそんなわけがない。

 だからこそ美月は一言で済ませ、桂木はそれ以上尚紀のことに触れなかった。


 そりゃ引きずるに決まってる。


 だからといって、たとえ詳しく説明されても困るのも確かだ。桂木の気持ちは桂木にしかわからないし。

 わかることといえば、怒りってのはパワーを激しく消耗し、疲れるってことだけ。その結果、とことんまで怒り、とことんまで疲れると、先のことじゃなく今見える幸せにごまかされたくなるもんだろう、人間なんて。


「桂木……おまえは、今、幸せか?」


 だから、親友に対して含ませたような聞き方をしてしまうのも、経験からくるものだから仕方ないよな。


「……心配してくれてるのか、ありがとうな」


「今の俺にそんな余裕はない。素直に疑問に思ったから聞いただけだ」


「……少なくともどん底ではない。けど、不幸中の幸いみたいなもんだろ」


「なんだそれは」


「さあな、俺も自分で何を言ってるかわからん」


 そこで苦笑いする桂木が、やたら男前に見えたのはなぜだろう。


 まあ、いい。何が幸せかなんて、他人が決めることじゃないから。

 おまえは、前に俺に言った通り、尚紀に汚された美月に対して、それ以上に中出しして上書きすればいいさ。


 ──たとえ、もう新しい生命を宿すことができなくなったとしても。


「……お待たせしました。こちら、マンデリンになります」


 少し間をおいて、店員が運んできた注文通りのコーヒーは、いつも以上に苦く舌に突き刺さる。


「……珍しいな、和成がコーヒーに砂糖を入れるなんて」


 だから、無意識に。

 桂木に指摘され、自分でもハッとした。


「……いいだろ、たまには糖分が欲しいんだよ。今まで甘さと無縁だったからな」


「ま、生きてくうちに好みも変わるだろうからな。たまにはいいんじゃないか。ところで、茉莉は元気か?」


「……兄妹なのにそんなことも知らないのかよ」


「悪いな、家にほとんどいないもんで。少しは明るくなっててくれればいいんだけどな、兄としては」


「……明日、一応一緒に遊ぶ予定だから、伝えておく」


「そこはデートって言えよ」


「……」


 俺は、あれからいろいろあって、桂木の妹である茉莉さんと一緒にいることが多くなった。





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更新が遅くて、ごめんなさい。

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