それから
桂木と
今日は三か月ぶりに、桂木と会う約束をした日だ。
「……和成、ここだ」
美月が飛び降りる前、三人で集まった喫茶店。
いつもの席とは──あの時とは違う、入り口に近い二人用のテーブル席に桂木は座って、俺を待っていた。
おそらく、もう俺たちがあの席に座ることはないのだろう。いろいろと思い出させるあの席に。
「元気だったか」
「まあ、死なない程度には。和成は──少し、やつれたか」
「おまえに言われたくねえよ」
今の桂木は、頬がこけて、なんとなく苦労しているような空気をまとっているように感じる。
まあアレだけいろいろあったわけだ、やつれないほうがおかしい。だが、表情は決して暗くはなかった。
俺と桂木は、尚紀が死んでから少しして仕事を辞めた。
警察にお世話になるような事件も起こしたことだし、居心地が悪い場所で無理に働かなくてもいいだろうという判断と。
働くどころではない心理状況が重くて、ここいらで休息するべきだろうという自分をいたわる気持ちも重なっての選択だ。
まあ、桂木は実は再就職先が決まっている。こいつの美月に対する気持ちが、ここまで本気だとは俺も思わなかった。
生きる気力が尽きかけていた美月を献身的に支え、それに感謝した美月の父親が桂木に再就職先をあっせんするという流れ。その再就職先は美月の父親が経営する中小企業の会社ではあるが。
「……美月は、どうだ?」
「ああ、最近、ようやく笑顔が見えるようになってきた」
「……そうか。良かったじゃないか。桂木も少しは報われたか」
「はっ、まだまだだろ。あいつが俺に対して憎まれ口を訊かない状態なんて、むず痒くて仕方がないぞ」
「おまえも素直じゃねえな。お似合いだよ、おまえら」
肝心の美月は、まだ車いす生活を余儀なくされている。歩けるようになるかどうかはわからない。
まあ、桂木にとっちゃ、美月が元の健康体にまで回復するかどうかは問題じゃないのだろう。
生きてさえいれば。
そう、生きてさえいれば、言葉を交わせる。心も伝えられる。
お互いがお互いを、信頼していれば。
俺が冷やかしの言葉を口にしたのにカチンときたのか。
桂木は、お返しとばかりに、俺に質問してきた。
「……真弥ちゃんは、どうなんだ?」
その時、喫茶店の女従業員が、お冷やをテーブルまで運んできた。
ちょうどいいとばかりに、俺はメニューを手に取り、何を注文しようか悩むふりをする。
注文するものも、どう答えるかも、すでに決まっているのにな。
まあ、ちょっとだけ一呼吸置かせてくれよ。桂木と違って俺は不幸なんだから、そのくらい意地悪したっていいだろ。
「……よくないんだな?」
だが、こうまでされては桂木だって察する。
俺はため息のあとにメニューを閉じて、喫茶店の天井へと顔を向けながら現状を告げた。
「……ま、一応切除はしたようだが、腫瘍マーカーの値がちょっと高いらしいな」
真弥は、やはり乳がんと診断されていた。
らしいなという言い方は、正しい。
俺は、離婚してから真弥と顔を合わせていないからだ。
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