罪の深さ

 あの後、俺たちは当然のように、警察にお世話になった。


 尚紀は、残念ながら助からなかった。出血性ショックらしい。

 ひと一人が死ぬ大事件だ、当然ながら俺たちにも激しい追及がなされた。特に桂木は、たとえそれが直接死因に関係していなかったとしても、尚紀を殴っているわけで。


 だが、集まってきた野次馬──俺が部屋に入るときに玄関の扉をあけっぱなしにしていたことが幸いだったのだが──の目撃証言や、主犯である麻里という女性がかたくなに俺や桂木とは無関係だと主張し、実際俺たちとの間に何の関係もなかったということで、留置所生活は短かった。


 まあ、仕事はやめなければならなくなるかもしれないが。

 この際、それは些細な問題でしかない。


 麻里という女性は、尚紀にいいように扱われていたという話も耳にした。

 大金を貢いだり、住むところまで世話したり、いろいろ尽くした結果、自分が割と大きめの借金をする羽目になったらしい。


 まあ、尚紀に関しては天罰だ、とは思うが。

 それでも、人が死ぬシーンを見てしまうのは、たとえだれのものでも気分が悪い。トラウマになりそうだ。


 オヤジおふくろを含む、いろんな親類からの追及も待っているだろう。

 そんな気の重さは真弥にもあるようで、帰宅してからも真弥はずっと蒼白いままの表情だった。


 そんな真弥が、久しぶりに帰宅して、俺に向かってすぐに土下座をしてきた。


「……申し訳、ありませんでし、たあぁぁぁぁっ……」


 なんだこいつ、とまず思ったが。

 みると、涙までこぼしているようで、床が濡れている。


 ──今さら?


 俺は、ただその真意がつかめず、戸惑いつつも無言を貫いた。

 すると、真弥はしゃくりあげながらも、説明を始める。


「……麻里さんは、和成、あなたでした。そして、尚紀はわたしだったんです」


「……」


「一歩間違えば、わたしは和成に刺されていたのでしょう。いいえ、和成がそうしないと、わたしはたかをくくっていた。和成のやさしさに甘えていた」


「……」


「そんな甘えがあったからこそ、和成に償いたい気持ちがあっても、命を懸けるような真似は出来なかった。同時に、償いたい気持ちがあっても、償える気がしなかった」


「……」


「だから、あなたに抱かれたとき、わたしはこれ以上ない幸せを感じました。和成がこれまでになくわたしを荒々しく抱いてくれるのは、今までの怒りを身体でぶつけて昇華しようとしてくれているからだと。わたしはそれを受け止めて、少しでもつぐないができていると、そう思ったからです。だけど……」


「……」


「和成は、わたしを抱いてるときずっと、心の中のナイフでわたしを、刺して、いたんですね……わたしは、なにも、償えて、いなかった」


 真弥は涙もぬぐわずひくひくして、嗚咽が大きくなるが、何も言葉をはさむ気にはなれない。

 拡大解釈されている部分はあるにせよ、殺したいほどの激情を俺は間違いなく抱いていたのだから、否定できるわけがないんだ。


「今のわたしは……和成の中では、死んだも、同然なんですね……?」


 だからこそ、この問いかけに何と答えればいいのか、躊躇した。


 ──なんなんだ、俺。ここまで来て、いったい何を望んでいる。

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