空白の期間
続けるつもりはないのに、仲のいい夫婦ごっこが五日ほど続いた。
真弥は、なぜか俺に対して、従順なそぶりを見せている。
惜しげもなく。
この女を壊したくて、普通の夫婦ならばとてもじゃないができない、嫌われそうなこともいろいろしてみたが、むしろ真弥は喜んで受け入れてくれている。
正直、わからない。
詳しく述べると十八禁待ったなしなので伏せておくが、このまま続いたらおそらく真弥という女は俺専用になってしまうだろう。
俺に心などなかったんじゃないのか。
俺では物足りないと思っていたんじゃないのか。
それとも、俺に足りなかったのは、こういう強引さだったのだろうか。
本当に分からない。理解できない。
俺は、一瞬だけ浮かんだ、『真弥は俺を本気で愛しているのかもしれない』などというあり得ない考えを即座に打ち消すと。
そのかわりに。
きっと、美月が目覚めれば、この生活も終わるだろう、と。
確信にも似た何かが、頭の中に下りてきた。
美月、早く目覚めてくれ。無事でいてくれ。正直、飽きたんだ。
そんなことを考えているとき、突然桂木から電話がかかってきた。
スマホの着信画面を見たとき、これは深刻な内容の電話に違いない、と予感めいたものがまたもや下りてくる。
俺は、真弥に通話内容を聞かれないようにと、タバコを吸うふりをして外へ出る。
「……どうした桂木、突然」
動揺している気持ちを悟られないよう、努めて平静に電話に出た。
が、その俺の態度は、通話五秒であっけなく崩れることとなる。
『……今野が、意識を取り戻したようだ。いまだに絶対安静であることに変わりはないがな』
「!!」
よかった。
本当に良かった。
まず思ったのはそれだった。
だが、桂木の話し方には、そのような感情は一切感じられなかった。それどころかむしろ怒気を孕んでいるようにしか思えない。
「……よかったじゃないか。だが、ほかになにかあったのか?」
『……』
よい知らせと悪い知らせ、両方があるのだろうか。
そう推測して尋ねてみたが、桂木はなかなか言おうとしない。
言いたくなるまで待とう。そう思い、待つこと一分に満たないあたり。
『今野の母親と話を、した』
「……ああ」
『そこで聞くには、今野がな……』
「……どうかしたのか?」
『妊娠……していたらしい』
「なに!?」
思わず、家の中の真弥に聞こえてしまうくらいの大声で叫んでしまった。
あわてて口をおさえ、まわりをきょろきょろと見まわし確認してから、再度スマホへ向かい合う俺の姿は、他人の目にはきっと不信なことこの上なく映るはず。
外に出て電話を受けてよかった。
『……詳しくは、わからないんだがな。ただ、今野の家のトイレに、陽性反応を示した妊娠検査薬が捨てられていたと聞いて……おそらく、該当者は今野しかいないだろう、と』
「……」
『……誰が、相手なんだろうな……』
そう言って、桂木は黙り込んでしまった。
俺も思わず言葉を失ってしまう。
あほじゃねえのか、陽性を示した妊娠検査薬など、家のトイレに捨てないでちゃんと自分で始末しろよ。どうせ望んだ妊娠じゃないんだろ?
脳の一割くらいでそう思いつつも、残りの九割で。
──いったい相手は誰なんだろうか。
──美月が自死しようとしたのは、妊娠したせいもあるのだろうか。
──俺のせいだけじゃ、ないんだろうか。
不謹慎な言い方をすれば、少しだけ自分の責任が軽くなること、それにともなう自分の浅はかさに罪悪感を感じつつも。
美月の相手が誰なのか、真弥ならば知っているかもしれない。
という結論へと至った俺は、桂木との通話を切ってから、家の中へと戻った。
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