壊したい
いまだに、美月の意識は戻らないらしい。
わりとまめに報告をしてくれる桂木がなぜこうまでして美月のことを気にかけているのか、よくわからないが。
美月の意識が戻らないと、俺の心も落ち着かない。
もちろんそれは真弥も一緒だろう。
だから落ち着かない心のままに、今日も俺たちは抱き合う。
そこに恋愛感情がないことは明らかだとしても、だ。正直、ここに風俗嬢がいたなら、そちらでも俺は全くかまわなかった。真弥が愛しくて、抱いていたころとは明らかに違う。
醒めた見方にも、少し慣れた。
「……ははっ」
だから、事後に、思わず乾いた笑いが出てしまうのも仕方ない。
つい最近まで、勃ちすらしなかったってのにな。俺も最低なやつだ。
だが真弥は、そんな俺とは対照的に。
「きょうは……わたしが、壊れるかと、思うくらい、よかった……です」
行為を重ねるたびにより深く、とろんとした、今まで俺に見せることなどなかった表情を従え、抱き着いてくる。
そういや、最中にもやたらと『好き、好き』と連発しているな。違和感しかない。
女というものは、身体を重ねると情が深くなるものなのか──いや、それなら尚紀と浮気することなどなかっただろうし、それはないな。
俺の気持ちも知らずに、のんきなもんだ。
俺のことを愛してると思い込んで、愛してる相手に抱かれる幸せを感じて、真弥も現実逃避したいだけか。
まあ俺も真弥を利用させてもらってるわけなので、余計なことは言えないにしても。
そういや、付き合い始めて、初めて真弥を抱いたあとも。
喜びを隠そうともしない俺とは裏腹に、真弥はどこか醒めた態度だったな。
そう思うとばかばかしい。きっと、真弥のその態度も錯覚からくるものに違いないない。
──そんなに壊れたいなら、壊してやろうか?
俺はひとり心の中でごちると。
それに活性化されたように、脳内がフル稼働し始めた。
そして、大事なことに気づいた。俺は真弥を壊したいと思っている、と。
冷静に考えれば。
この一連の騒動を引き起こしたのは、もとはと言えば、真弥が浮気したから、に他ならない。
なのに何で、美月は自殺未遂までしてしまったのか。それで俺が心を痛めなければならないのか。
「……真弥は、壊れたいのか?」
理不尽な気持ちのまま質問を真弥に投げかけると、即答で。
「……あなたになら、壊されても、いいと、思えました」
そう答えが返ってきやがった。
『尚紀相手には、壊されたいと思わなかったのか』
と、今それを訊く度胸は俺にはなかったが。
言質を取ったことで、決意は固まった。
──真弥を、壊してやろう。もちろん、いい意味ではなく。
俺は、結婚当初と全く入れ替わった立場にいることに、少し満足していた。
これからは、俺がイニシアチブを握ってやるんだ。
所詮、恋愛なんて惚れたほうの負けなんだから。
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