友情の喪失

 俺の言葉を理解した美月は、一切表情を変えることなく、答える。予想通りで動揺などしていないのか、それとも別の理由かはわからない。


「……真弥にも、言われたわ。もう私たちにかまわないでって。あなたの言うことに何一つ真実なんてなかったって」


「……そうか」


 もしかして、美月が公園に来るのが遅れたのは、真弥と話をしていたからだろうか。通話かメッセージかはわからないが。


 それにしても、こんなところで真弥と意見の一致を見るとは思わなかった。

 おそらくは、以前住んでた家で真弥と美月がいい争いをしていたあの時から、二人の関係はおかしくなっていたのだろう。

 今現在この場においてそれがさらにこじれたということは想像に難くないが、それならばこれ以上美月のに引っ掻き回されずに済むというのもまた事実で。


「つまり、俺たちの要請を聞き入れてくれるということで、いいんだな?」


 よせばいいのにダメ押しでそう尋ねる俺に、美月はよわよわしくうなずいた。


「安心して。もう二度と、二人の関係に口をはさんだりしないから」


「……」


「思い返せば、あたしが口を出しても、良かれと思って行動を起こしても、結果として小野君も真弥も、そして尚紀も──だれひとり、いい方向へと導くことすらできなかった。あたしが誰かのために何かしようとすることこそ、自己満足を軽く超えて、ただの傲慢なのかもしれない」


 いつも自信満々の美月がこれほどまでに弱っているというのも、非常に珍しいことだ。

 先ほど喫茶店で話をした時よりも、さらに──いや、弱ってるというよりも病んでいると言う方が正しいか。


 公園に、不穏な空気が漂う。


「あたしの存在なんて、ないほうが良かったのよ」


「……いや、そこまでは……」


 自虐を重ねる美月にいたたまれなくなり、俺はついそのようなフォローをしようとするが、それを聞き入れることなく美月は振り返って去って行ってしまった。


「……ばいばい。ごめんね、小野君」


 小さな声で、俺のほうを見ようともせず、そう呟く美月に対して。

 俺がかける言葉はもはやない。ただ黙って、美月が視界から消えるまで無言で立ち尽くすだけだった。


 今の美月からあふれ出るある種の凄み。


 だが、その凄味が何なのか、加えて今までは『和成君』呼びをしていたというのに、いつのまにか『小野君』へと呼び方を変え、一定の距離を置こうとしていた美月の心の中など、この時の俺が知る由もなく。


 ──真弥と、それほどまでに言い争いが激化して、ここまで落ち込んでるのか。深刻な仲たがいだな。


 などと、思いつく限りのことで、単純に軽視していただけに過ぎない。


 追い詰められた人間の苦しさを理解してるはずの俺なのに、美月の追い詰められたような人間からあふれる凄みに、少しだけでも気を遣っていれば、と。

 この時の記憶は、その後の俺を苦しめることになる。


 美月がビルの屋上から身を投げたのは、この次の日の夜のことだった。

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