美月の過去
俺は、美月に会ってくる、と堂々と真弥に宣言して、美月の自宅までやってきた。
真弥の反応が微妙に焦っていたことは言うまでもない。
まあ、言葉を交わすだけなら、別にスマホを介してもいいのだが。
なんとなく、美月は面と向かって話をしないと、本当のことを言わない気がして。
さすがに家の中に入るわけにはいかないので、俺は美月宅の近くにあった公園で待機する。
待つこと十分少々、美月が先ほどとは違うラフな服装でやってきた。
「悪いな、呼び出したりして」
「……別に」
美月の表情は、先ほどよりも険しいように見えた。が、それを慮るつもりはない。
まず何から聞くべきか、なんて考えもせず、俺は時間すら惜しいとばかりに美月に尋ねた。
「単刀直入に訊くが。美月はさ、尚紀とひょっとして──付き合いが、長いんじゃないのか?」
冷静に考えれば、そうとしか思えない。だが、俺は美月の口から直接確認したかった。
おそらくは、真弥と尚紀が付き合い始めるよりも、もっと前から。
案の定、美月は簡単に話してくれなかった。
だが、その様子は、『話したくない』じゃなくて、『話していいのかどうか迷ってる』だけにも思える。
つまり、質問の内容自体は、否定されるものではないということだ。
美月が話してくれないなら、こちらとしては推測するしかないわけで。
俺はかまわず続けた。
「で、だ。ここからは予想に過ぎないんだが、ひょっとして美月と尚紀は、昔恋人同士の関係だったんじゃないかな、って思ってる。それが何かしらの理由でうまくいかなくなって別れて、そのあとに真弥と尚紀が付き合い始めたんじゃないかなって」
「……違う」
美月がようやく口を開いた。
自分は人に対して正論でやり込めるのを得意としているのに、いざ自分が攻められると弱いっていうのはある意味予想外。
「違う、というのは、なにに対してだ?」
「あたしが尚紀と恋人同士だった、っていうところ」
「……つまりそれ以外は当たり、ということか」
そこで、美月は観念したかのように息を吐き、頷いた。
「……いちおうはね。幼なじみ、っていってもいいのかどうなのか、わからないけど。でも」
俺はそこで黙ったまま、じっと美月を見る。言葉での催促よりも露骨な態度だろう。
「確かに、あたしの初恋は──尚紀だった、と思うよ」
やっぱりそうか。
そして、おそらくその初恋は実らなかった、というところまではなんとなく理解した。
ただ、少なくとも美月が、今の尚紀のようなクズっぷりを隠そうともしない男のことを好きになったとは思えない。
尚紀が昔、『あんな奴じゃなかった』というのも、おそらく本当なのだろう。
「なんで、美月は尚紀と……」
……付き合わなかったんだ?
そう尋ねるよりも早く、美月が俺の言葉に割り込む。
「あたしのことなんて、眼中になかったんだ、尚紀は」
「……」
「あたしね。実は中学時代までいじめられてたの。イモ女を地で行くようだったからさ」
「……は?」
「そんなあたしを──信じられないかもしれないけど、尚紀はかばってくれてたんだよね。そのくらい、いい奴だったんだよ」
信じられん。今の美月は、どこからどう見てもクールビューティー系の理知的お姉さんなのに。
「じゃあ、なんでそんなにいいやつが……」
「変わったのかって? 答えは簡単、裏切られたんだよ、尚紀も」
「……」
「そうして尚紀は変わってしまった。裏切られるくらいなら裏切るほうがいい、ってね。そうすれば苦しまない、って」
「……」
「だけど尚紀は、自分が苦しまない代わりに相手が苦しむことを理解できなくなっちゃった。そんな尚紀をまともに戻すには、眼中にないあたしじゃ力不足だった、ってだけ」
「……」
「だから、あたしが親友として信頼していた、真弥を尚紀に紹介したんだ。きっと真弥なら尚紀を真人間に戻してくれる、そう信じて、ね」
寂しそうに美月がそう漏らすのが、むなしすぎる。
「真弥はイケメン好きだったから、尚紀なんかどストライクだったし。尚紀もアタシの友達ならひどい扱いはしないだろう、って軽く考えてたの。だけど結果は知っての通り。そこであたしは、もう尚紀を切り離すことにした」
納得した。
なぜ美月が、あれほどまでに俺と真弥の関係を修復させようとしていたか。
尚紀に紹介した自分の親友である真弥が、裏切られ傷つき。
おそらくは自分のせいでひどい目に遭ってしまった真弥の傷をいやそうと、真弥を俺に紹介したはいいものの、今度はその真弥が俺を裏切ってしまったわけで。
ことごとく自分のおせっかいが裏目に出てしまった美月は、責任を感じていたに違いない。
だがそれは、もとをただせば美月が尚紀に対して何もできなかったから、じゃないのか。
そのくせ俺に対してあんな言葉を投げかけてくるなんて、ふざけるにもほどがある。
俺は、思わず言ってしまった。
「……はっきり言わせてもらう。自分を慰めるためだけに、今後一切俺たちに余計なお世話を焼かないでくれないか。迷惑なことこの上ない」
この言葉を、後になって酷く後悔することになるとは、みじんも予想せずに。
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