外野の気持ち(桂木視点)

 和成は、今野の話を聞いてすぐに、帰宅した。

 いてもたってもいられないような気持ちなんだろう。わからないでもない。


 たとえ、それが過去のことだとしても。


「……」


 そして、喫茶店内には、俺と今野だけが残された。

 まさか注文もせずに喫茶店を出るわけにもいかないので、仕方なく、のつもりなんだが。

 この女と二人きりって、どんな拷問だよ。


「……おい今野。おまえ、なんであんな余計なことを和成に言ったんだ?」


 俺は多少の苛立ちもあり、わざと責めるような口調で、うつむきながら目の前に座っている女に訊いてみた。

 今野は案の定答えない、黙ったままだ。


「真弥ちゃんが貢いでたっつっても、以前付き合ってた過去のことなんだろ? 今の和成は、真弥ちゃんと暮らすことにそれなりに慣れてきたところだってのに。またひと悶着おきて、和成が入院するような羽目になったらどうするつもりだ」


 こうやって今野を一方的に言葉で殴れる機会なんてそうそうない。この際だ、遠慮なく思ったことを言ってやろう、そう調子に乗った俺が続けて罵ると、今野はようやく俺のほうへと顔を向けてきた。

 露骨なまでに、覚悟が決まってない人間の態度だな。


「……尚紀もさ、最初はあんなダメな男じゃなかったんだよ」


「は?」


「だけど、いつの間にか女を食い物にするような、女を言葉巧みにだまして自分に尽くさせるような、そんな男になってしまった」


「……」


 かと思うと、始めたのは唐突な自分語りである。

 今の話から推測するに、今野は真弥ちゃんの浮気相手である『尚紀』って男と昔からの知り合いだったのか? 全く知らなかった。


「そして真弥は、そんなダメな男しか愛せない女なのかもしれない。『わたしがいないとこの人はダメになる』、そう思える相手じゃないとうまくいかないのかもしれない。一連の騒動でなんとなくそう思った」


「……」


 自分語りからどんな話へと進むのかと思ったら、軽々しく否定できない方向へ進んでしまったな。確かにそう考えると、最初のころ、和成に対して真弥ちゃんの愛情が向かなかったっていうのに納得はできる。

 真弥ちゃんは尽くされるよりも尽くしたいタイプなのかもな。


 そして和成は、友人である俺の目から見ても、ダメな人間ではなかった。

 想いは一途。これと決めたらわき目もふらず、真弥ちゃんだけを愛していた。仕事ぶりは堅実でまじめ。ギャンブルも浪費も女遊びも深酒もせず、唯一他人から顔をしかめられることは喫煙者だったことくらいだろう。だが結婚が決まってすっぱりと禁煙するくらい意思も固い。


 だからこそ、真弥ちゃんは和成に気持ちを向けなかったのかもしれない。

 自分が必要とされているところへふらふらと、っていう感じか。


 だが、そうだとすれば。


「じゃあなんだ、今の真弥ちゃんは、和成がダメ男だから、執着を見せてるってのか?」


 そういう結論を出さざるを得ないだろう、今野の言い分では。

 だからこそあえてそう尋ねてみた。


 それに対する今野の答えは。


「小野君がダメ男、というより、自分がいなければ小野君がダメになってしまう、と真弥が気づいた──いえ、そう強く思ったからなのかもしれないわね」


 それなりに納得いくものだった。まあ、真弥ちゃんといると和成はますますダメになりそうな気もするが、さっきまでは不思議とそうでもない様子だったし、それはいったん置いておこう。


「真弥ってね、男運がなかったの。付き合った男で唯一まともだったのは、小野君くらいなものよ。だからこそ、小野君と結婚したときはきっと真弥も幸せになれると疑わなかったし、真弥には小野君のことを離さないようにってさんざん言ったわ」


「……そうか」


「だけど、結局真弥は、それを自分で壊しちゃった。責任を感じたわよ、真弥と小野君を結びつけたのはあたしなんだから。だから必死になって修復できるようあたしなりに頑張ったつもりだったけど、どうやらそれも余計なおせっかいだったのね……」


 俺は今、すごい瞬間を目の当たりにしてるのかもしれない。ここまで弱った今野を見たことは今までにないし、多分これからも見れなさそうだ。そのくらい今野が意気消沈している。さっきの発言はやけのやんぱちか。


 総括すると、まるで真弥ちゃんがダメ人間製造機のようにも聞こえるが、あながち間違いじゃないという皮肉な思考も俺のどこかにあるしな。


 確かにこいつはいけ好かない女ではあるが、だからといってここまで弱った女に追い打ちかけるのは男としてどうなんだ。


「……今野の気持ちはそれなりにわかるよ。だが、さっきの和成に対する発言も合わせ、足りなかったものが何か、あえていうなら、自分の考えを押し付けすぎたところじゃないかな」


 というわけで、できるだけ優しく言うことにした。

 まあ俺も、茉莉から諭されなければわからなかったのかもしれないから。




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続く。

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