かりそめの赦し
思えば、真弥の愛情は、疑わしいことばかりだ。
取ってつけたように、俺を愛しているなどとほざき。
取ってつけたように、夫婦生活を求め。
取ってつけたように、贖罪の意思を前面に出してくる。
果たして、どれが本当なのか。
その答えは、こう仮定すれば証明できそうに思う。
──真弥が実際に俺に抱いている感情は、実はたいしたことがなくて。罪悪感というバイアスをかけてようやく普通の夫婦並みになるのではないか。
と。
それならば、意味のないいがみ合いをしていても仕方がない。
どうせあと三週間程度だ。
このまま別れて、真弥を一生恨むくらいならば、なにも求めずに、なにも惜しまずに切り替えるべきなんだ。
無意識のうちに、俺はなにを、真弥に求めていたのだろう。改めて女々しい自分を情けなく思うが、それを真弥にもわからせねばなるまい。
「……真弥」
「は、はい」
真弥はいまだに涙ぐんだままだが、かまわずに話しかける。
「ふたつほど、聞きたいことがある。嘘は言うなよ」
俺がちょっとだけ低い声でそう言ったので、真弥は目をぬぐって俺に向き合ってきた。少しだけ身構えたようなそぶりで。
「……なん、でしょうか」
「真弥は、今誰を一番愛してるんだ?」
「もちろん……あなたです」
すがすがしいまでの即答。ここまであからさまだと逆に疑わしいことこの上ないな。
だが、これがメインの質問じゃない。
「じゃあ、質問を変えよう。真弥は、結婚したときは、俺のことを一番に愛してはいなかっただろう?」
「……」
案の定黙った。それが答えとしか思えないが、はっきり口に出させて再認識させるために答えることを強制してみる。
「黙るな」
「……それは。今、私が言っても、信じてもらえないと思います」
「なにがだ。俺は言ったよな、自分に向き合えと。向き合っていれば、そのくらいわかるはずだが?」
「……」
「真弥の口から聞きたいんだ。だいたい、俺を一番に愛してるならば、結婚して早々、俺をほっといて尚紀と浮気したりしないだろう?」
「ご、ごめ……」
「謝るなと言ったよな? いいから質問に答えろ」
もう怒るような時期は過ぎたのかもしれない。以前だったら自分で自分の言った言葉に激昂してただろうから。
妙に、今の俺の頭の中だけは冷静なんだ。心拍数は上がっているというのにな。
「……正直、わかりません。誰を一番愛していたのか」
ここで、『尚紀です』と言われたら、俺はどうなっていただろうか。
だが、真弥がはっきり言わなかったことで、こいつが自分と向かい合ってないということに憤りを感じる反面、少しだけ救われたような複雑な思いがくすぶる。
それを払うためには、さらに追及するしかなかった。
「それは、俺と尚紀、甲乙つけがたいということなのか?」
「……誰を愛すべきなのかは、わかっていました。だけど、自信がなかった、のかも、しれません」
「どういう自信だ。俺を愛するようになれる自信がなかったのか?」
「……いいえ、あなたに愛されるのと同じくらい、私があなたを愛することができるか、という、自信です」
「……」
「あなたから与えられた愛は、大きくて、心地よいと思う反面……重圧にもなりました。私は、逃げたんです」
思わず、俺も黙ってしまう。
なんだよそれ。俺が愛しすぎたから、それが
「……ということは、結局尚紀のほうが好きだった、でまとめられるだろう?」
「いいえ。確かに、昔はそうだったかもしれません。ですが気持ちは変わります。私は、今の私は、誰を愛すべきかはっきりと分かった私は、もうあなた以外に考えられないんです」
「それはただの罪悪感じゃないか」
「違います!」
真弥はそこだけ、はっきりと言い返してきた。
「もちろん罪悪感はあります。できることなら償いたい。だけど、それだけなら、こんなに苦しい思いをしてまで、あなたのそばにいません」
──ああ、この女は、かたくなに自分の罪悪感からくる錯覚を認めようとしないんだな。
今、話し合っても無駄だと、俺は思った。
罪悪感がなければ、俺を愛すべき伴侶だと分からなかったわけだろう?
それが隠された答えを証明している事実。
だが、いくら諭しても、このままの状態ではおそらく真弥はそれを認めないに決まっている。どうせ、罪悪感が小さくなれば、尚紀に誘われてホイホイ浮気するに決まっている。
「……わかった」
おまえの言うことが分かった、という意味でないことを、真弥は知る由もないだろうが。
俺がそう言ったらすぐに、真弥は驚きのあまり目を見開いた。
「……もう、すべて許す。残りの期間、普通の夫婦として、過ごそう」
どうせ、そうなれば。
俺への愛情が、また薄れて、浮気に走るだろうしな。
それをちゃんとわからせてやりたい。このわからずやの女に。
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この話は、『再構築をしようとしてあがく話』なので、こうなります。
ここからは展開が早くなる……かも、しれません。
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