紫煙の先に
毎日が、繰り返し。なんの生産性もない。
そう思うしかない、何度も同じシーンをリピートするかのような時間を過ごし、はや三日が経っていた。
真弥と同じ部屋に寝て。
真弥が寝ているうちに、俺が首を絞めるのが先か、それとも俺が寝ているうちに真弥に首を絞められるのが先か。
そんなチキンレースも、生きるか死ぬかの緊迫感が薄れてきている。
『……おまえは、俺と一緒の部屋に寝て、首を絞められるとは思わないのか?』
そう真弥に聞いたことがあったが。
『いっそ、和成に殺されるのであれば、まだ幸せです』
つまらない強がりを返され、俺は一気にその気が失せただけだ。
しかし、その逆は、さすがの真弥も訊いてはこなかった。まあ当然だ、自分に非があると思っているのならば。
結局、今日も俺は生きたまま、朝を迎える。
隣のベッドはもぬけのからだ。真弥は夜は俺より先にベッドに入ることはせず、朝は俺より先に必ず起きている。
どこぞの関白宣言みたいなできた妻と、浮気前なら思えるのだが。
──今さらそんなことをして、なんになるというのか。
「……おはよう、ございます」
出勤準備を終えリビング兼ダイニングに行くと、朝食の準備をした真弥がやつれた顔で俺に挨拶をしてくる。
俺が真弥の作ったものをまともに食えないとこの三日間で散々思い知ったはずなのに、なんでこうもわざとらしく朝食の準備をするのか。
「……ああ。何もいらない」
今さら無視してもしょうがないので、最低限の言葉であいさつを済ませ、俺はテーブルの上にあった目玉焼きを一瞥してから、そのまま玄関へと向かった。
「……そうですか。いってらっしゃい」
テンションも低いままそう言う真弥は、浮気発覚後から仕事にはぜんぜん行ってないので、おそらく今日も家から出ないのだろう。
「無理して、家に引きこもるなよ」
苛立ちがつのって、つい厭味っぽくそう吐き捨ててしまった。当然真弥のほうなど見もせずに。
──いいんだぞ、別に尚紀のところへ通っても。
「いいえ……わたしは、あなたが帰ってくるのを、この家で待ってます」
「はっ」
罪滅ぼしにもならない自己満足な行いに他ならないな、反吐が出る。
真弥が尚紀のところへ通ってた時は、俺がただ家で真弥の帰りを待つだけだったが。
今になって、あのころの俺の真似をしてどうなるというんだ。
浮気発覚する前の、俺を見ているようで、気分が悪い。
―・―・―・―・―・―・―
あっという間に、真弥から離れられる仕事の時間は終わった。
──こんなに仕事している時間を短く感じたのは、入社した時以来じゃなかろうか。
桂木が残業を引き受けてくれたおかげで定時にタイムカードを切ることができたはいいが、結局家に帰りたくない思いは浮気発覚直後から変わっていない。
結局、帰る時間を少しでも遅くするため、スーツのポケットに煙草を忍ばせ、俺は喫茶店へと寄り道することにした。
喫煙ルームがある二階へと迷わず向かい、さっそく、頼んだコーヒーもそこそこに煙草を咥えつつ喫煙ルームへ向かう。
しかしそこで、思わぬ再会があった。
「……和成、さん……?」
「え……ええと、確か……」
喫煙ルームの扉の向こうにいたのは、以前桂木の家で少し話したことのある、茉莉さん。
「驚きました、こんなところでお会いするなんて。和成さんは、ここ、よく利用するんですか?」
「いや、きょうはたまたまだけど……それより、茉莉さんがなぜここに? 家からは離れているはずだし、職場が近い……とか?」
「あ、いいえ。今日は兄と一緒に祖父のところへ顔を出す予定だったんで職場まで迎えに来たんですが、急遽兄が残業することになったらしく。『一、二時間ほど時間をつぶしててくれ』と言われまして、しかたなくここに」
「……」
桂木のバカ野郎。
妹さんを待たせてまで、残業代わってもらいたくなかったよ。
ごめんね、俺のせいなんだ。
そう謝らなければならなかったはずなのに。
「……和成さんは、タバコを吸う女は、嫌いですか?」
なぜかそう茉莉さんに先に訊かれ、謝罪の気持ちが頭からすっ飛んだ。
代わりに出てきたのは、訊かれた質問への回答。
「いや、別にそんなことはない。だいいち俺だって吸うために
煙草が嫌いなやつならどう答えるかは知らないが。
少なくとも俺はそう思わないし、素直に伝えるだけだ。
「そう、ですか……なら、よかったです」
「……うん」
──誰かに、嫌いだって言われたの?
答えがわかりきってる、そんな質問などするつもりはなかった。
真弥と付き合い始めてから禁煙した俺と、同じようなものだろう。
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