普通の夫婦は無理だから

 俺は、少しだけ激情を制御できないまま、帰宅した。


 そして、真弥は形だけつつましやかに、正座して俺を待っていたようだ。


『そういう態度がむかつくんだよ。ならなんで、尚紀に対する制裁協力を乗り気で受けなかった?』


 そう言いたくはなったが、堂々巡りが簡単に予想されたので、結局ここでもがまんしてしまう俺。


 ちょっとだけ溜まったストレスをどう発散すればいいかわからないまま、何も言わずの真弥の前に立つと、真弥がおそるおそる俺へと問いかけてくる。


「……いろいろ、考えてました」


 それを聞いてさっそく自分と向き合っているのか、と少し感心しかけたが。

 残念ながら真弥はそこまで殊勝ではなかったらしい。


「せめて、一か月だけでも、普通の夫婦になれるには……どうすればいいのかを」


 本当に分かってないんだな、と俺はこいつの阿呆さ加減にいやけがさすも。

 悪あがきをされて、また心の中をしっちゃかめっちゃかにされてもかなわないので、軽くジャブをうつことにする。


「だからそれは無理に決まってるだろ、信頼ってもんが皆無どころかマイナスなんだから」


「……」


 黙った。当然のことだと思うが。前にも言わなかったっけか、俺。

 曲解されると困るので、さらに補足をしておこう。


「おまえは、信頼できない人間と愛情をはぐくむことができるのか?」


 愛情ってのは、信頼があってこそ成り立つ。そして夫婦っていうのは、愛情を持っている他人同士のことを指すんだ。一方的な愛情だけで結婚するなんて愚かな行いをする奴は、結婚詐欺師となんら変わらない。


 その足りない頭で理解できたのかどうかはわからないが、真弥はそれ以降、余計なことは口にしなくなった。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そして、夜。

 夫婦として暮らすことを許した手前、仕方なしに俺は晩飯を自宅で食べることになった。

 だが、真弥の手作りである。


「……お待たせしました。召し上がれ」


 俺は何も言葉を発さず、ただひとくちだけホワイトシチューを口にしたが。


「……うぐっ!」


 当然のように、吐き気を催し、俺はトイレへ駆け込んだ。

 吐くものなど、胃液以外何もないのに。


 わかり切ってたことだ。


 落ち着いたころに食卓へ戻ったが、すでにシチューは冷めていた。

 真弥は泣くのをこらえているのだろうか、目は潤んでいるが歯を食いしばっている。

 そんな真弥のポーズが気に入らなくて、俺は冷たく言い放った。


「……夫婦だからな、晩飯くらいは一緒にとろう。だが、見ての通りだ」


 さんざん、他の男のイチモツを気持ちよくさせた汚い手で、どうあがいてもきれいになれない汚れた手で作ったものなど、俺が食えるわけもないんだ。


 今さらそう俺が言わなくとも、わかるだろう。


「あ、あぅ、ああ……」


 はっきりと食えない理由を言わなかったのがより効果的だったのか、真弥が嗚咽を漏らす。だがそれも妙に癪に障る。


 だから、ついつい言ってしまった。


「……だけど、あと一か月は夫婦を続けると俺は言った。だからそのことに対する責任は取る。明日も一緒に晩飯を食べることにしよう」


「ああああああぁぁぁぁぁぁ……」


 謝罪は厳禁。かろうじてそこだけは真弥も守ったが。

 どうやら俺が言った言葉の裏の意味を理解したらしい。


 ──俺が吐くたびに、自分の罪深さを思い知れ。到底つぐなえないと理解できるまで。


 …………


 ま、まあ、俺も苦しむんだけどな。諸刃の剣だ。


 だけど、なんでよりによってホワイトシチューなんだよ。

 もっと変な連想をさせない食べ物、他にもあるだろう?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る