罰ゲーム

 外へ出た俺は、またもや煙草を購入してしまう。

 このご時世、喫煙する場所すら探すのも難しいというのに、なぜだろう。自分の行動が理解できない。

 だが、そんなことはどうでもいい。


 無造作に煙草の封を開け、その中の一本を咥える。

 火をつけてから、むせないようにと慎重に煙を吸い込むと。


「……うっぷ」


 いいようのない気持ち悪さがやってくる。

 えずくように煙を吐き出し、すぐさま灰皿に煙草を押し当て、火を消した。


 ──やっぱり真弥は、俺のことなんて愛してなかった。


 さきほどのやりとりから、漠然とそう感じたのは、間違いじゃないはずだ。

 尚紀より俺のことを愛していたならば、尚紀に制裁をすることにためらうはずなどないのだから。


 あらためて、真弥がどんな気持ちで浮気していたかを突きつけられ。

 湧きあがってきた『自分が愛されてない』という劣等感に怒りで蓋をできないのであれば、気持ち悪くなるのも当然だ。


 そこでふと、以前どこかで聞いた、とある国のことわざを思い出す。


『女にとっての幸せな結婚は、自分が愛している以上に自分を愛してくれる男と結婚すること』


 おもわず笑ってしまうくらい、今の俺には皮肉にしか思えないことわざ。

 そりゃそうだ。俺に対する真弥の愛なんて、真弥に対する俺の愛の一万分の一もないくらいに、俺の愛だけが異常にデカかったわけだから。


 だが、今の状態はどうだ?

 少なくとも、今の真弥は俺からの愛を感じていないだろう。それで幸せになれるはずもないというのに。


 ──なぜ真弥は、いまだに俺と即離婚することを望まないんだ?


 今までずっと、心のどこかに引っかかっていたことだ。

 が、両親にひたすら謝罪する真弥の姿を思い出し、一つの仮定が浮かぶ。


 ひょっとすると真弥は、自分に罰を与えているんじゃないだろうか、と。


 そう考えると納得できる部分はある。

 結婚した後にまでも俺の目を盗んで逢瀬を繰り返すほど好きだった男だ。普通に考えれば俺と結婚生活を続ける意味もないだろう。俺が真弥の立場なら、即離婚してその相手とくっつく。


 だが、申し訳ないとオヤジおふくろに必死で謝罪する真弥の姿は、嘘ではないようにも思えた。

 俺を裏切ったことに罪悪感は感じていたからこそ、あのような行動に出たわけで。


 …………

 

 おそらく。

 今の真弥が俺に対して抱く思いは、たぶんそれだ。

 愛情ではなく、罪悪感。


 だからこそ、それを打ち消すために、自分を罰するために。

 愛してもいない俺との結婚生活を継続しようとしている。


 …………


 なんだよそれ。

 俺との結婚生活は、単なる罰ゲームか。


 ──罰ゲーム、かよ!!


 持っていた煙草を思わずぐしゃりと握りつぶしてから、はっとする。

 いかん、冷静になれ。罰ゲームなら罰ゲームだと理解したうえで、付き合ってやればいいだけの話だ。


 鼓動を落ち着かせるために、俺はそこで深く息を吸いこんだ。


 ──簡単だろう? 一か月の間。真弥に、罪を償わせなければいいだけなんだからな。

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