先が見えない(真弥視点)
──自分自身と、向き合う。
和成が言っていることが、理解できそうで、できない。
なぜ……?
仮にも夫婦なんだから、向き合うのは、パートナーに対してじゃないの?
そんな疑問を持ったわたしを導くかのように、和成が続けて言った。
「俺は、確かめたいんだ」
「……なにを、ですか?」
「怒り、情けなさ、むなしさ、やるせなさ、悲しみ。そんな感情の奥に眠っている、俺の気持ちを」
「……」
「だから、真弥もそうするべきだ。俺を愛している、なんて深くも考えずに言えるようでは、俺はおろか自分自身にすらも向き合ってないとしか思えないからな」
それは──違います。わたしは和成を愛しているんです、本当に。
すぐさまそう言いたかったのに、この場の空気が、それを妨害した。
冷静な和成は、背筋が凍りそうなくらい怖かった。
怒鳴られても、ものを投げつけられても、和成だったら怖くなかったのに。
むしろ怒鳴られていた時のほうが、たとえ負の感情にしろ、和成がわたしのことを考えてくれているという妙な安心感があった。
だけど今は、ただただ怖い。
きっとこの怖さは。
和成がわたしと向き合うことを放棄した、という悲しみからくるものに違いない。
ただ、それも仕方のないことなのかとも、心のどこかで思う。
わたしの気持ちと、わたしの行動の、見事なまでの矛盾。
なぜあんなことをしてしまったのか、それを和成にちゃんと説明してわかってもらうことは、きっとこれ以上なく難しいのだろうから。
わたしにすらも、はっきりわからないのだから。
──ああ、そうか。それを説明できるようになることが、自分と向き合うってことなのかもしれない。
「わかり……ました」
「……本当か? とてもじゃないけど、わかっているとは思えないのだが」
わたしは和成の当然の疑問に対し、そんなことはない、という意味で首を横に振った。
説明できるよう、自分と向き合って悩んで。
それをちゃんと伝えられたら、また和成はわたしに向き合ってくれるかもしれない。
これ以上なく浅はかな望み。
自分本位なわたしにまたもや嫌気がさす一方、かすかに見えた希望を手放したくない思いは強かった。
一か月の先に何が待っているのか、なんて、想像したくない未来予想を放棄して。
人は、罪悪感が大きすぎると、どうしても深く考えるのをやめてしまう生き物だ。今までのわたしのように。
でもそれでは和成に怒りをそそいでしまうだけ。
バカはバカなりに、大バカは大バカなりに、たとえ結論が出なくとも、あがきながら自分と向き合ってみよう。
それに、その間は、わたしは和成のそばにいることができるのだ。
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