相手より、自分と
「……でも、わたしは、今のわたしは」
真弥は俺の言葉を受けてうつむく。
「あなたに、謝罪することしかできないんです」
──だめだ。
真弥の言葉でいちいち闇にのまれるようじゃ、また同じことの繰り返しになるのは明らか。
「……おまえは、そうやってずっとこれからも、俺の顔を見るたびに謝罪するつもりか?」
「……えっ?」
怒りをなるべく抑えつつ俺が発した言葉に、真弥が呆けるそぶりを見せた。
俺に怒鳴られるとでも思っていたのか。
「今さら贖罪なんて、誰も求めてないんだよ」
「……」
「俺が怒って、真弥が謝罪する。そんなできの悪い三文芝居があったとして、それが誰のためになる?」
「……」
「俺は一か月は夫婦でいると宣言した。それが本意でないにせよ、自分で言った言葉だ、責任を持つ。そうしないと、結婚式の時にいけしゃあしゃあと『これからは和成だけ愛します』なんて嘘をついた真弥を責める資格なんてないからな」
真弥は一言も発しない。いや、発せないのだろう。
スジを通さなかった自分に思うところはあるのか。
俺は構わず続けた。
「その一か月を、こんなクソつまらないコントだけで終わらせるつもりなんてない。いちおう形だけでも夫婦でいるつもりだ。おまえは違うのか」
「ごめんなさい、あ、あの、わたしは……」
「だからいちいち謝罪するな。おまえに謝罪されると、俺は怒りがわくだけなんだよ。それを抑えるのも大変なんだ。俺のことを少しでも大事だと思っているならば、もう謝罪は控えろ」
浮気発覚から、真弥に対してここまで冷静に言葉を伝えたことはなかった。
「……はい」
それを受けた真弥は、そう答えるしかないだろう。
こと冷静なほうが効果的だとよくわかる。
当たり前だが、怒りが消えたわけじゃない。おそらく一生消えない。
だが、怒るだけにパワーを使い切ると、ただただ心がささくれ立つ。
桂木と、そしてオヤジおふくろと話して、けっして味方がいないわけじゃないと分かりほっとした俺は、張りつめていた気が少し緩み、ちょっとだけ疲れが強く出たんだ。
「ならばいい。だが、俺と真弥は夫婦だが、普通の夫婦じゃない。だから、お互いがお互いに向き合う必要はない」
「えっ……」
「向き合うのは──自分自身、だけでいい」
浮気発覚までの真弥は、俺に愛情なんて向けなかった。
浮気発覚までの俺は、ひたすら真弥に愛情を注いでた。
だが、今はどうだ。
まるで心が入れ替わったかのように、真弥は俺に執着し、俺は真弥を切り捨てたいと思っている。
……いや、ちょっと違うな。
真弥のことを好きな気持ちが完全に消え去ったわけじゃないことは自分でも理解してるんだ。だけど、自分に返ってこない愛情を注ぐのが馬鹿らしくなったんだよ。
だから、一気に醒めたふりをした。
夫婦と言っても、しょせんは他人。血を分けたきょうだいに対するような、無償の愛情など与え続けられるわけがないのだから。
それでも。
『……あなたを、愛しているということを』
浮気発覚後、臆面もなくそう言ってきた真弥が、信じられないけど。
それでも信じたいと、0.1%だけでも思っている自分が、心のどこかにいる気がして。
一か月だけだが、その自分と向き合うことにする。答えが出るかはわからんけどな。
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