けじめ

「で、おまえはどうしたいんだ?」


 のどに梅干しの種がつかえているような感じが軽くなり、オヤジの問いかけも、今の俺にはネガティブな意味に聞こえなくなった。


「もちろん──」


 離婚、慰謝料請求。意趣返しをする上で、すべきことはいくらでもあるだろう。


 だが、そこで俺は自分の劣情をぶちまけることを思いとどまった。


 不思議なもんだな、まわりに味方がいないときは早く離婚したいと思っていただけだったのに。

 周りに理解してくれる人間がいて気が楽になったとたんに、筋だけは通していこうと思えるなんて。


「立つ鳥跡を濁さず、で行こうと思う」


「……どういうことだ?」


「正直に言うと、いろいろ余裕がなくて、今までの俺はブレブレだった。真弥のことを恨んで責めればそのたびに自分のみじめさを思い知って、いっさいがっさいを忘れようとしても無理だということを諭されて」


「……」


「どっちにしても、地獄。でもそれは、自分と向き合うことから逃げてたからじゃないかな、とよくわかったから」


 まあ、まわりから余計なことを言われ続けたせいってのも多少はあるけど。

 これからの長い人生、真弥は隣にいないのに、真弥と向き合う必要はない。真弥を理解する必要もない。

 自分と向き合うことが、一番大事なのに、それをしてこなかった。いや、これなかった。お互いを見つめ直すことじゃない、自分を見つめ直すことが一番大事だったんだ。


 だからこそ、それに気づいた今からでも。


「逃げないで自分なりに自分と向き合って、そこからいろいろ行動してみるよ」


「……おまえは、それを最後までくじけずにできる自信はあるか?」


「まあ少なくとも、自分のスジってもんを通せば、たとえ結婚してすぐ離婚しても、胸張って生きていけると思う」


 真弥は自分のスジを通さなかった。

 だからこそこのように周りを振り回し迷惑かける結果になったわけで、俺はそれを反面教師にしないとならない。


「……そうか」


 その行動の結果、どうなるかは明らかだからこそ、オヤジはそれだけしか言わなかった。

 だが、おふくろは少しだけ心配をこめ。


「……和成。スジを通すっていっても、具体的にはどうするの?」


「結婚生活がお互いのためにならないことを、真弥にはっきりくっきりきっぱりわかってもらうしかないだろうね」


「……え?」


「いろいろなしがらみがあったとはいえ、真弥と即離婚しなかったのは、俺の落ち度でもあるから」


「……」

「……」


 皮肉を込めてそう言ってみた。このくらいは許してくれ。


「真弥と、一か月だけは夫婦でいると約束してしまった。それからのことはそのあと考えると。それを翻すわけにはいかないので、オヤジやおふくろ、他の人間に迷惑をかけないことを約束させて、あと一か月、真弥と暮らすことにする」


「……それで、大丈夫なの?」


 何が、とはあえて訊かなかった。いろいろなことが当てはまりすぎる。軽く流して続けよう。


「そうすれば、まわりに対してスジを通したことにもなると思うんだ。ま、俺がそう思うだけで他の人はそう思わないかもしれないけど」


 他人に振り回されて生きてられるか。当然、真弥も他人だ。


 ここにきてようやく。

 真弥のことを、忘れられそうだという自信が、少しだけわいてきた気がする。


 ──いや、傷を抱えて生きていく、という覚悟、の間違いかもな。

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