許すことはないけれど
結局、真弥が帰るまでの一時間弱。
あいつの言動を聞いてて苛立ちが募りすぎるわ、いい加減隠れるのも疲れた。
イライラを少しでも和らげようとついつい、近くのコンビニでタバコを買ってきて、久しぶりに吸った。
結婚してから禁煙してたんだけどな。
「……ゲホ、ゲホッ!」
余りに久しぶりだったのでむせた。カッコ悪い。
いまさらニコチンに頼るなど大概だが。なんであの場所に顔を出せなかったんだろう、俺は。チキンも甚だしい。
ただ、ひとつだけはっきりと脳裏に刻まれた真弥の言葉は。
「忘れ去られることが、わたしにとって一番つらいんです。忘れ去られることで許されるなんて、とても耐えられません」
というものだった。
俺が存在しないところで親に向かってそう土下座する真弥の様子から、俺が真弥のことを忘れようとしていることが間違いじゃなかったと思える。かなりダメージを食らってたようで。
…………
だが簡単じゃないことは確かだ。そこまで至るに、俺はどれだけ苦労すればいいのか。先が見えない。茉莉さんの言うとおり、傷だけはどうあがいても残るとすれば、忘れ去ることなど不可能に近いのだろうから。
そして、やっぱり真弥のやつは、俺に責められることを、罵倒されることを望んでいるのだろう。とんでもないマゾなのか、それとも──俺にただただ責められることで、自分に罰を与えているつもりなのか──
──おっと、真弥が出てくる前に、車を移動させなければならない。
こんがらがった気持ちのまま、俺は路上駐車してあった車のエンジンをかけて、いったん実家から離れた。
―・―・―・―・―・―・―
「……ただいま」
「……」
しばらく間を置き、俺は実家へ足を踏み入れる。
挨拶くらいはと思ったのに、オヤジもおふくろも何も返してこない。
呼び出されてきたというのに、なんだよそのリアクション。
「で、俺を呼び出した用件は何?」
不機嫌さを隠そうともせず、俺は実の両親に対してもぶっきらぼうに尋ねた。
「……みてたんでしょう? 和成」
「……」
あちゃ、おふくろにバレてら。さすがは産みの親。
だけど。
「……それがなに?」
悪いけど、今更真弥の謝罪くらいで心なんて動かされない。
「……いい迷惑だ」
俺の返事にイラっと来たのか、オヤジも目を鋭くさせ、そう言うが。悪いことをしたのは俺じゃないよ。
「俺だっていやになってるさ。だいいち、迷惑なら真弥を家に入れなければいいだけのことだろ」
「……家にあげないと、いつまでも玄関前で土下座して動こうとしないんだ、仕方ないだろう。それも間隔を開けずに頻繁に、だ」
「……」
ただただ真弥に呆れる。
「うちも近所の目があるんだ、放ってはおけない。おまえが真弥さんの謝罪を受け止めないから、こっちにお鉢が回ってきてるんだ」
「……ごめん。でも、俺はもう……」
「……わかってる。もう許せとは言わない。離婚だろうが再構築しようが、おまえの考えで進めていいだろう。好きにしろ」
「……え?」
「顔を見ればわかる。おまえ、退院してからもまともに食ってすらいないだろう? お前の身も心配だ」
「……ごめん」
またなんだかんだと押し問答が始まるかと思いきや、オヤジの見せる気づかいに一瞬戸惑った。オヤジやおふくろに顔も口も出すな、と言ったのは失敗だったかな、とちょっとだけ後悔しつつも。
だが、ここでオヤジがはっきり言ってくれた。
俺の考えで進めていいと。俺の好きにしていいと。
今まで、俺の態度を非難するような言葉しかまわりからもらえなかったのに。
桂木に続いて、両親からも「好きにしていい」と言われたことで、俺の心は多少軽くなった。
「まあ……極力、こちらへの被害を少なくしてもらえればいいんだが。被害者のおまえが優先されるべきなんだろう」
「……善処します」
「あらためて考えると、真弥さんは、手に入れたものを手放したくない人間なのかもしれんな……」
俺のやつれた顔が、結果としてオヤジとおふくろを翻意させることになったというのも、皮肉すぎて当たり前のような話だ。
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