押し売り謝罪
祝日の水曜日。
前日に実家に一応連絡だけは入れた。一応顔だけは出そう。
多少気が重いまま、起きてすぐにリビングへ向かうと。
そこには真弥の姿はなかった。
──また浮気相手の尚紀と逢ってるのか?
こう思うのは仕方ないだろう。俺には、もう真弥に対する信頼など残っていないのだから。
がらんとした家は、余計に俺の心をイラつかせる。
真弥のやつ。
この家にいて俺に謝罪するより、大事な用があるんだな。
──ふざけるな。
理不尽な怒り、言いがかりにも近い俺のそんな本心は。
口に出してしまったら、きっと友人すらも失ってしまうのだろう。
俺は歪んだ自分に対して苦笑いを浮かべながら、少し早いが実家へ向かうことにした。
―・―・―・―・―・―・―
車を飛ばし、一時間と少し。
約束の時間よりも二、三時間早く、俺は自分の地元へと到着した。
インターを降り、少しの間だけのドライブ。気は晴れるわけもないのだが。
普段とは違う、それでいて懐かしい景色を見ていると、何をオヤジおふくろに言われるのか、なんて余計なことを考えずに済んではいる。
だが。
少しばかりの現実逃避によってもたらされた俺の心の平穏は、我が実家の駐車場に停まっている車を見て、あっさりとぶち壊された。
白のキューブ。ナンバーも間違いない。
──なんで、真弥の車がここにあるんだ!
俺は真弥の車の隣が空いているにもかかわらず。
路上に車を駐車し、荒々しくドアを閉め、怒りのままに……
…………
実家に入るのがためらわれた。なんでこんなところでヘタレるかな、俺。
まあ、オヤジおふくろには頭が上がらないところがあるから、こればかりは仕方ないと自己弁護しておこう。
そうして外から家の中の様子をうかがう。
気づかれないように、玄関ではなく裏口からだ。
……よし、誰も気づいていない。中の様子を……
「……もう、顔を上げてくれないか、真弥さん」
「……」
「何度も何度も時間をかけて、ここまで来なくていい。なのに……」
ひっそりと中の様子を探る。
片目で確認できたのは──土下座の姿勢のまま微動だにしない真弥と、それをやめさせようと必死で説得しているオヤジおふくろの姿だった。
「……でも、わたしはこうやって謝罪することしかできません。本当に申し訳ありません……」
「そうじゃない。そうじゃないんだ。毎日毎日、何度も何度も。私達に謝罪されても……」
「……わたしがこのような過ちを犯し、ご迷惑をかけたのは、和成さんだけではありません。お義父さんお義母さんにも、多大なるご迷惑を……」
「……」
真弥のやつ。
仕事もやめ、普段はただ家にいるだけかと思ったら。俺が仕事でいない時間に、オヤジおふくろにこうやって謝罪しに来ていたのか?
実家なら真弥に生活を乱されなくて済むと思っていたら、考えが甘かったようだ。
何がしたい。
オヤジおふくろの立場からしてみれば、真弥に謝罪されても迷惑なだけだろう。
ただただ必死になって自分のために行動した結果、周囲が被害を被るだけなのに。
案の定、オヤジは戸惑いを隠せないまま、真弥に告げた。
「……真弥さん。私たちが離婚を思いとどまるように言ったのは、はっきり言ってただ世間体のためだ。このまま離婚してしまったら、和成は『結婚した妻に浮気されて離婚した男』と陰口を叩かれてしまうだろうから、それが不憫でならなくて、離婚するにしても少し時間を置いた方がよかったと考えた」
「……申し訳、ありません……」
「だが、和成がこのまま体調を崩してしまうのであれば話は別だ。世間体を気にして、和成が死んでしまうようなことがあれば本末転倒だからな」
「……許して、ください……」
オヤジは、会話が成立しない真弥に対して、少しだけ苛立ちを見せる。
そこで、おふくろが会話に混ざってきた。
「……真弥さん。あなた、なんで和成と離婚したくないの? そんなに浮気相手が好きならば、和成と別れてその相手と一緒になったほうが、お互いに幸せなんじゃない?」
いい質問だ。そうすれば俺は慰謝料を真弥に請求してやれる。
だが、真弥は。
「……和成に忘れ去られたくないからです。私は、和成に忘れ去られることが、何よりつらいんです」
わけのわからない答えを返し、さらにオヤジとおふくろを混乱させるのだった。
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