前向きになれない

 来る前のもやもや感がさらに大きくなったように思える。

 結局、あの後茉莉さんと交わした会話に、前向きな何かは見いだせなかった。


 サレ側の絶望っていうのは、ここまで深いものなのだろうか。

 そう改めて思い知るだけ。


 自分に非があるにしろないにしろ。

 ここまで深い闇から抜け出せないのなら、何をしても無駄だ。

 そんな気持ちになりそうだ。


 唯一、よかったところをムリヤリ探すとするなら。

 桂木が、俺と茉莉さんが置かれた立場のつらさを、それなりに深く理解してくれたことだけかもしれない。


 …………


 家に帰る気にもならない。

 このまま、どこかで時間でも潰そうか。

 ……いや、やめよう。金がない。


 こんな非生産的な思考ループが身についてしまった。無気力の塊みたいな生活。

 早く真弥と違う家に住まねばならないだろうか。


 変なことばかり考え、玄関を開ける。

 そこには見知らぬ女物の靴があった。美月の靴に違いない。


 …………奥の部屋から、何やら言い争いにも似た叫び声が──いや、怒鳴り声と言っていいのかもしれない。

 なんでこんな感情むき出しで真弥と美月は話してるんだ?


 幸い、ふたりは俺が帰宅したことに気づいていない。

 聞き耳を立てるか、何も聞かずにここから離れ自分の部屋へ戻るか。


 俺が選択したのは、後者だった。


 バタン。

 部屋の扉を閉じ、鍵をかけ。

 もう真弥を入れないという意思表示をした後、少しだけ気が抜けて俺は着替えずにベッドへ横たわる。


 ……疲れた……



 ―・―・―・―・―・―・―



 しばらくして、部屋をノックする音が聞こえる。

 まだ夕方にもならないというのに、俺は寝落ちていたのだ。


 寝ている間は余計なことを考える必要もないのに、現実に引き戻してくるそのノック音がムカついて仕方がない。

 無視していると、ノック音はやがてドアをどんどんと叩く音に変わり、しばらくしてやっとあきらめたかのように音が止む。


 裏切り者と話などするつもりはない。

 なにをしても、裏切られたことは忘れられなくても。傷は一生癒えないとしても。

 必要以上に関わり合いになる必要性など皆無なのだから。


 …………


 そういえば、実家に顔を出せと言われてたんだった。

 この問題には関わるなとあれだけ念を押しておいたのに、今更何の用があるんだ。オヤジもおふくろも。


 …………


 いや待て。

 そうか、実家に戻るという選択肢もあるな。

 いちおう会社に通勤できない距離ではないし。なにより真弥が勝手に入ってこれない領域でもある。


 ──荷物をまとめて、向かってみるか。

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