忘れたいのに


「……で、どうするつもりなんだ、和成は」


 お茶を用意された部屋で、俺と桂木と妹の茉莉さん。ちゃん付けは失礼だなと思い直した。

 三人が椅子に座ってから、桂木にそう切り出される。


「……」


 ああ、考えなどまとめる余裕なんてなかった。

 俺にできること。俺がしなければならないこと。


「……どうするも何も」


 ただただ頭にあることだけを、吐き出した。


「忘れるしか、ねえだろう」


「……忘れる? 何をだ?」


「真弥に関する、すべてをだ」


 真弥にされた仕打ち。

 真弥に対する愛情。

 それを忘れない限り、俺は救われない。


「……それは、真弥ちゃんに対する恨みつらみも、か?」


「……」


 だが、桂木の切り返しがあまりに鋭すぎたせいで、俺は黙り込んでしまう。

 なぜ、すぐさま「そのつもりだ」と言えなかったのだろうか。


「忘れられるなら、それでもいい。その方が和成の未来も明るいとは思う。なんのあとくされもなく次の幸せを探すことができるんだからな」


「……」


「だが、本当にすべて忘れられるのか?」


「……わからない。だが、真弥に対する愛情がまだ残ってることは確かなのかもしれない」


「……」


「だからこそ、そんな真弥に裏切られたことがつらい。ならば……」


 桂木は無言。茉莉さんも微動だにしない。


「真弥に対する愛情を忘れ去ることができたなら、真弥に対する恨みも憎しみも忘れられるのかもしれない。無関心な相手ならば、何しようが俺の知るところじゃないからな」


 言い終えて俺は出されたお茶を飲む。

 いい感じにぬるくなってて一気に飲むことができた。


 これだけしか話をしてないのに、なんで俺の口の中はカラカラになっているのだろうか。

 自分で自分がわからない。


 少し落ち着いた、心の中でそう自分に言い聞かせた直後。


「……それは、無理です」


 茉莉さんが申し訳なさそうにそこで口を挟んできた。

 びっくりする桂木を尻目に、茉莉さんはさらに続ける。


「思い出を忘れても、傷が癒えるわけではありません。むしろ傷の痛みを紛らわせるような思い出が消えたなら、痛みだけが残ることは間違いないと思います」


「……」


「人は、思い出したくないつらい記憶ほど、よみがえるものですから」


「……」


「それこそ、自分が嫌になるくらいに。たとえ他に楽しい記憶が増えたとしても、ごまかすだけが精いっぱいで、決してその傷を完全に癒せるようなことはないんです」


 反論などできるはずもなく。

 俺は空になった湯呑みを口に運び、一滴も残さないとばかりに逆さに持ち上げる。

 当然ながら喉の渇きは癒されない。


 忘れようとしても。離れようとしても。新しい幸せを探そうとしても。違う幸せに包まれたとしても。

 どうあがこうとも、裏切られた傷は一生治ることはないから。


 ──その傷と一生付き合っていくしかない。


 茉莉さんは、人生をあきらめたような顔で、そう言っているようだった。

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