桂木の謝罪

「すまん」


 桂木の家に呼ばれていたので、約束通り顔を出したら。

 最初に突然頭を下げられて、俺には戸惑いしかおりてこない。


「……なんだよ、いきなり」


「すまん。和成の気持ちを、俺はないがしろにしていたかもしれない」


「……」


「おまえが一番の被害者だということもわかっていたはずなのにな」


「……」


「いや、わかっていたつもりで、余計なことをしていたのかも」


 俺は無言を貫く。

 桂木に対する不満表明というわけではなく、なんと返せばいいかわからなかっただけだ。


「そして、今の状況を見ると、なんとなくおまえのカミさん……いや、真弥ちゃんのほうに同情するような気持ちがあったことは事実なのかもしれん。許してとすがる真弥ちゃんに対し、きっぱり拒絶の意思を示す和成を見てしまったから」


「……」


「それがそもそもの間違いだった。誰が悪いといえば、真弥ちゃんだ。俺は親友であるおまえのほうを何があってもかばうべきだったんだ。謝罪しても和成の心の傷は癒せないだろうが、許してくれないか」


 親友の土下座なんて見たくないからやめてくれ。

 フラッシュバックが襲ってくるじゃないか。


 俺がそういうより早く。


「……兄貴。和成さんが戸惑ってるよ」


 桂木の背後から声が飛んできて、思わず視線をそっちへ動かしてしまった。


 さびれた亜麻色の長い髪。今時の女子のようにはっきりした顔立ちといい、ここに笑顔でもあれば美人の類に属するのだろうが、若い女性らしい覇気があまり感じられない。失礼かもしれないが。

 なんとなく世捨て人っぽいような雰囲気が感じられ、俺は少しだけ違和感に襲われた。


「……あ、ごめんなさい。突然下の名前を呼んでしまって。失礼ですが、お名前を存じ上げていなかったもので、今の兄の言葉から」


「ああ……気にしてないですよ」


 別にどうでもいいことを丁寧に謝罪され、こちらも軽く返す。

 この子は……前に聞いた、桂木の妹か? 確かに顔は少し似ているようにも思う。


「突然すみません。妹の桂木茉莉かつらぎまりです。よろしくお願いします」


「……小野和成です。こちらこそよろしく」


 桂木がそこで土下座の状態からようやく顔を上げた。


「おまえが離婚したいというのであれば、俺はそれに最大限協力することを約束する。だから、許してくれ」


「……ありがとう」


 なぜか、俺は桂木に向けてそんな言葉をかけてしまった。


 何だろう、この感じは。俺のことを理解しようと努めてくれる態度に接したのが初めてで、戸惑ってるのかもしれない。

 もちろんうれしくないわけじゃないのだが。


「……ほら、兄貴も。お客様にお茶くらい出したら?」


「あ、ああ……」


 妹の尻に敷かれている兄。俺の知らない一面を、桂木も持っているんだな。


 …………


 茉莉ちゃん、か。

 なるほど、彼女も確か付き合ってた彼氏に浮気されて傷を負った、とか桂木が言ってたっけ。

 そのせいか、彼女から覇気が感じられなかったのは。


 心が死んだ者は、それが見た目にも出てしまう。

 外見は心の一番外側なのだ。


 不謹慎なことではあるが。

 そんな彼女──茉莉ちゃんに。俺は少しだけ好感を抱いた。


 ただの仲間意識にすぎないとわかっていても。




────────────────────



 茉莉は、『コイビト・スワップ』の琴音のような立場にはならない……とは思います。まだ未確定ですが。


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