サレ夫の宣言
美月をほっといてから。
少しだけ自分の考えをまとめたいので、家にすぐは帰らなかった。
そんな中、桂木からメッセージが入る。
『よければ週末にでも、俺の家に来ないか。話がある』
なんだいったい。
さっき、顔を合わせて会話したばかりじゃないか。
そう思ったので、とりあえず既読スルーをすることにした。
返事は帰宅後、真弥に宣言した後でいいだろう。
当然のように、『遅くなる』と真弥に報告はしなかった。
本来なら連絡すべきだということはわかっちゃいるが、真弥が浮気していた時に俺がやられたことをちょっとでもやり返したかったのかもしれない。
そうして、帰宅。
「……おかえりなさい、あなた。ご飯にする、それともお風呂?」
新婚三択じゃなく、二択。そのくらいはやっとわかったか。
だがそこで、俺はどちらも選ばなかった。
「話がある。今後についての」
何度目かわからない切り出し方。
これを少しでも避けようとする真弥のささやかな抵抗が先ほどの二択なのだろうが、あきらめたように表情を変えず、真弥は俺の提案を受け入れ、ふたりで食事が用意されているダイニングのテーブルへと着席する。
着席しても真弥の様子は変わらない。精神状態があからさまに表情に出る最近の真弥だ、おそらく何を言われるか覚悟しているのだろう。
ならば、遠慮は無用。
「俺がこれ以上苦しまない方法がわかった。これを一か月後までにやり遂げたい」
「……」
無言だ。気にすることなどないか。
「俺は、真弥に対して醒めたふりをしておきながら、実はまだ心のどこかに愛情が残っているんだということに気づいた」
「えっ……」
ここで真弥の表情がやっと変わる。なにを思ってそうなったかはここではどうでもいいけれど。
「だから苦しんでるんだ。愛している女性に、妻に、裏切られたことに」
「……ごめんなさい」
「謝罪など必要じゃない。わかっているだろう」
「……」
視線がずれる。
「だが、裏切られた苦しみを楽にする方法が一つだけある。それは──」
真弥が下を向いてただただ震えている。まるで貧乏ゆすりのように見えるが、構っていられるか。
「──俺が、真弥に対するすべての情を、一切消し去ることだ」
その時だけ、なぜか一切の雑音が聞こえなくなった。
何秒、いや、何分、静寂が続いただろう。
「……え……?」
真弥が間抜けな声を発したことで、ようやく俺の言葉を理解したと解釈する。
では、説明だ。
「これから一か月の間に、好きも、嫌いも全部含めて、俺は真弥に対する想いをすべて消し去るよう努める。真弥に関する記憶をすべて忘れる。そうすれば、俺の真弥に対する怒り、憎しみ、そのほかの負の感情もすべて消え去る」
「……」
「俺の中に真弥に関するすべては、一切なにも残らない。そうすれば吹っ切れるはずだ」
「……」
「だから真弥も努力してほしい。俺に関するすべてを忘れ……」
「い、いやああああああぁぁぁぁぁぁ!!! いや、いや、いやああああああぁぁぁぁぁぁ!!! それだけは許してください、許してくださいお願いです、いや、いやいやいやいやいやああああああぁぁぁぁぁぁ!!! お願い、お願いです、許してええええええぇぇぇぇぇぇ……!!!」
静寂から一転、真弥が錯乱した。
なんだこれ。
「だから許せないんだっつの。いいじゃないか、俺が忘れれば真弥だってこれ以上俺に責められることはなくなるんだぞ?」
「いやいやいやああああぁぁぁぁ、あなたに責められることすらなくなるのは、いやああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……!! 私の存在すらあなたに残らなくなるのは、絶対に、絶対にいやあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
号泣、号泣、かぶりをふってまた号泣。
もう何が何だか。
どうせ一か月先の結論なんて見えてんだからさ、俺に罵倒されたりしなくなるだけ真弥に優しい提案だと思ったんだが。
こんな俺のやさしさすら踏みにじるわけ?
俺が真弥のすべてを忘れ去る、ってことができれば、みんな丸く収まるんだぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます