可愛さ余って憎さ百倍

 桂木と話し、なんとなくもやもやした気持ちを抱えたまま会社を出たら。

 今度は会社出入り口で美月に遭遇した。


「あら、偶然ね。体調はいかがかしら?」


 しれっとそう話しかけてくる美月に少しイラっとした。

 おまえ、何が偶然だ。確実に俺がいると知ってて待ち伏せしてただろうに。


「体調は良くないな。この後の展開を想うと憂鬱にもなるしな」


 どうせまた真弥との夫婦生活に関して口出しするつもりで来たんだろう、美月は。

 余計なおせっかいは控えて、俺の考えがある程度ふらふらしないように見守ってくれる方がはるかにありがたいのだが。


「……誰かに言われないと、自分の気持ちも整理できないんじゃないかな、と思ったんだけど」


「ああ、まったくもって余計なお世話だな」


 女ってのは色恋沙汰が絡むとエスパーになれるから質が悪い。


「それはごめんなさい。真弥が好きだからこそ苦しんでいるのだから、仕方ないわよね」


「……おい、聞き捨てならないことをいうな」


 華麗にスルーできないような発言に、思わず激昂してしまうあたり、俺もまだまだ未熟者だ。


「誰が真弥のことをまだ好きだって? 俺がか? 勝手に思い込まないでくれないか?」


「そうなのかなあ。だって、もう真弥に対する愛情がないならば、血を吐くほどに苦しんだりしないんじゃないかな。例えばあたしが浮気したとしたら、和成君はなにかあたしに怒りを抱く?」


「……道を踏み外したことに対する怒りがわくかもしれない」


「ならば、今の真弥に対する気持ちも、それなの?」


「……」


「正直なところ、あたしに対する色恋沙汰に関しては、無関心でしょ? 好きだからこそ、まだ愛してるからこそ、裏切られたことに傷ついてるんだよ」


「……」


「それを、『もう真弥のことは愛していないから』ってムリヤリ自分に言い聞かせたところで、何の解決にもならない、んじゃないかな?」


 俺は、なぜ反論できないんだろう。


 ああそうだよ。

 俺は裏切られたことが苦しいんじゃない。悲しいんじゃない。悔しいんじゃない。

 この世で一番愛していた女性である真弥に裏切られたことが苦しいんだ。悲しいんだ。悔しいんだ。


 愛していた女性に愛されない。

 こんな状況で夫婦でいることがつらいのに。


 なのに、俺は──


「……ごめん。言い過ぎた」


 俺は眉間にしわを寄せたまま、どのくらいその場で立ち尽くしていただろうか。

 やがて、自分がストレートに切り出しすぎたことを反省したように、美月が謝罪してくる。


「……いや」


「でも、もしその通りなら、もう一度真弥と向き合って……」


「おかげで、俺がまずすべきことが分かった」


「……え?」


「真弥への愛を失くすこと。一切の情を捨て去ること。これをまず優先させるべきだった」


「え、ちょ、ちょっと、何言ってるの和成君」


「そうすれば、真弥の浮気など、俺にとって無関係な女が何しようが自由だ、そう思えるってわけだな。これから俺は──」


 発言を聞き、なにやらあたふたしている美月をほっといて、決意を固める俺。


 桂木の言う通り、例え今現在、真弥の一番が俺だったとしても。

 それを信じられない時点で、俺にとってはどうでもいい事実でしかない。


 好きとか嫌いとかではなく。


 真弥に何の情も抱かずに。無関心になれるかどうか。


 一か月後までに、俺がそうなれるかどうかが、一番大事なことなのだろう。

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