無理するなよ
「……で、本当に来週から仕事に来れるのか?」
「ああ、さすがに桂木に俺の仕事をいつまでも任せるわけにいかない」
「無茶しやがって」
「良いだろ、不安なんだよ」
いちおう退院したことを報告するため、会社に来たが。
結局桂木と話をする羽目になった。
「……不安ってのは、仕事のことか? それとも、家庭のことか?」
「……」
だが、桂木は遠慮なかった。
「おまえは勿論だが、カミさんも、まだいろいろ不安定だろ? いいのかそんな中で仕事を早々と再開して。もう少し、不安定な状況を改善してからでもいいんじゃないか?」
「何をどうあがいても、今から改善される傾向などないから、復帰したいんだが」
「おうおう、早々に向き合うこと放棄かよ。なあ、自暴自棄になってもロクなことねえぞ」
「……誰が自暴自棄だ」
「何度も言うけど、カミさんの話、聞いてやれ。少しずつでいいから。まずはそこから始めろ」
なんで俺が桂木に説教されなきゃならん。しかもこんな堂々巡りの話題で。
そうは思ったが、こいつという友人を遠ざけたら、俺は愚痴をこぼせる相手まで失うことになる。
「……話を聞くったってな。俺は真弥にとって二番手以下だ。そんな事実を再確認してさらに俺が鬱になったらどうしてくれる?」
「いやな。もし仮に和成がカミさんにとって二番手だったとしてもだ」
オフィスの片隅でいい加減に話を聞いていたふうな桂木だが、そこで姿勢を正し、膝の上に手を置いて俺に真正面から向かい合ってくる。
「それならばなぜ、カミさんはお前と離婚しないんだ?」
「それは……いろいろあるからだろ。世間体とか生活とか」
「まあそれも少しは理由としてあるかもしれない。少しだけはな。だけど、なんでさ。和成にとことん責められ、愛想つかされ、冷たい態度をとられ。そこまでして、和成に許してもらおうとするんだ? 彼女は」
「……知らん。マゾなんだろ」
「んなわきゃあるか。だいいち、和成のことよりその浮気相手のほうが好きだとしたらな。もし俺だったら、離婚してくれとまで言われてるんだ。慰謝料払ったとしても、その浮気相手とくっつくよ」
「……」
「なのに、カミさんはお前と別れたくない、そう言って必死に償おうとしているわけだろ?」
「……慰謝料、払いたくないんじゃないのか?」
苦し紛れの言い訳をしている時点で、俺の劣勢だ。
「だからそれだけのわけあるかっての。いいか和成、おまえはもうすでにこれ以上ないくらい傷ついた。それは同情する。だがな、カミさんの本音を、可能な限り知るべきだ」
「……」
「そうすることで、和成が少なくとも今まで以上に傷つくことはない、俺はそう思うんだがな」
「……根拠は?」
「必死になってまでも和成と別れたくない愛情がカミさんにある、ということが認識できるような気がするからだ。根拠というには薄いが」
「……薄すぎるだろ」
「薄いか? だが人の心なんて、単純なことで結構変わるもんだぞ。ひょっとすると今のおまえは、カミさんの中で一番の存在になっているのかもしれない」
「……」
「……今、そうなっていたとしても、遅いか?」
俺が一番? んなわきゃないだろう。
そうすぐに否定できなかったのは、なぜなのかわからない。
それでも、一回裏切られないと、俺が一番になれないのであれば。
全力でお断りするにきまっているだろう。
──人並みの幸せを。一番に愛し、一番に愛される。そんな平凡な幸せを、俺はただただ求めたかったんだ。
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