夫婦ごっこ

「あなた……」


 美月と桂木が、今度こそ我が家から去り。

 ふたりきりになったとたん、真弥が何か訴えたそうに話しかけてくる。


 ひとこと、ウゼェ。

 俺は筋を通すことだけしか考えてないというのに。


「美月たちの前で言った手前、あと一か月は夫婦を続けることにする。だけど、その間に緑の紙に記入したり荷物を運び出したり、いろいろ準備も並行しなければならないな」


 一か月が過ぎた後の俺たちがどうなっているかなんて言うまでもない、強烈な意思表示。

 それでも真弥には、『一か月は無条件で夫婦でいられる』ととられてしまったようで。


「……わかりました。でも、お願いです。せめて一か月の間だけは、仲のいい夫婦でいたい」


 いけしゃあしゃあと無理難題を押し付けてきやがる。

 夫婦である必要なんて、これっぽっちもないのに。


「今まで俺と真弥が、仲のいい夫婦だったことがあるか? 結婚した時すでに尚紀と浮気していたんだろ? それなのに離婚前提でつづける夫婦生活をわざわざ仲睦まじくする意味がどこにある?」


「……」


「俺がそんな気持ちになれないということは、わかっているはずだ。無理するのはどっちだ、俺か、それとも真弥か?」


「……ごめんなさい。でも、せめて一か月だけは、誰よりもあなたのそばにいたいんです。怒りが再燃したらいくらでもあたってくれて構いません。だから……」


 思わず殴りそうになった自分を慌てて抑える。冷静になれ俺、イライラしたら負けだ。


「……っても俺は平日仕事、帰宅も遅い。そんなんで俺のそばにいたいと言われても無理だろう」


「ならせめて、寝室だけでも一緒に……」


「……真弥は、寝てる間に俺に首を絞められてもいいというのか?」


「かまいません」


「……は?」


「あなたの手で殺されれば、わたしは今度こそきれいに生まれ変われると思います。だから構いません」


 まーたなんかわけのわからないことをのたまってやがるよこいつ。

 ふざけんな、真弥を殺して一生棒に振るような真似なんて御免だ。

 死ぬなら俺の知らないところで勝手に野垂れ死ね。離婚してから死ねよ。


「……わかった。だが、ベッドは別だ。どのみち俺はもう真弥を抱く気もないし、抱けない」


「……」


「そんなことを期待しているのなら、大間違いだ。まあ、そんなのは承知の上だろうがな」


「……ありがとう、ございます……」


 筋を通すってのは思ったよりも不愉快だ。


「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとう……ございますぅぅぅ……」


 そして、壊れたロボットのような真弥を見るのも、これ以上なく不愉快だ。

 仲のいい夫婦って、一体どういうことすりゃいいんだよ。未経験なのにわかるか。

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