向き合うって妥協
「……はいはい、そのあたりにしときなよ」
そこで美月の声が聞こえた。いつの間にか戻ってきていたらしい。
論破に夢中になっていた俺は勿論、真弥も気づかなかったらしく、ふたりして思わず振り返ってしまう。
パンパン、と二回たたいた手をそのまま腰に当て、美月が俺に話しかけてきた。
「結論をいきなり出そうとしても、一方的になるだけだよ。論破するんじゃなくて、向き合って理解することをするはずじゃなかったの?」
一方的、というのはもちろん、俺が真弥を、ということだろう。
そりゃそうだ、真弥に同情すべき点が思い当たらない。この状態では、俺が100%強者だ。おまけに理解したいとも思わない。いつの間にそんな解釈されていたんだ。
だが。
美月に諫言され、いちおうはそれも納得した俺が「向き合って歩み寄る真似なんて御免こうむる」と翻すのも筋が通ってないわな。
「……向き合ったからと言って、理解できるとは思えないんだが」
ちょっとの皮肉交じりで、そう反論することしかできない。俺はヘタレだ。
「ん……それならそれで、仕方がないと思うけど。ただ、一日二日で結論出すのも早すぎない? せめてしばらくの間、お互いに相手のことを逃げずに受け止めてからさ、改めて結論を出してほしいよ」
「……確かに、今野の言う通りかもな。怒りだけが先行しても傷が癒えるわけじゃないしな」
わきにいる桂木は、美月に同調するしかできないくらい混乱してるのか。修羅場なんて変なところを見せたのは失敗だった。
美月も美月で、結構必死な様子がうかがえる。俺たちのことをなんとか仲直りさせたいという気持ちだけは感じられるんだよな、余計なお世話となる可能性は高いにしても。
「……一か月だ」
仕方なく、俺が妥協することにする。こういうのは期日をはっきり決めないと、だらだら進んでしまうことが確実なので、そこは譲らない。
「一か月だけ、もう一度夫婦をやり直してみようと思う。だが、それはあくまで……」
…………
そこでためを作るつもりなどなかったのに。
言いよどんだ自分がやっぱりヘタレだと再認識できるわ。俺のバカ。
おかげでシニカルな笑いを浮かべながら、続きを言うしかなくなった。
「……お互いが納得して離婚できるようになるための、準備期間だ」
俺がそこで発した『離婚』という言葉に、真弥は悲しそうに顔をしかめる。だが、それが本当の気持ちなのかはわからない。スルーだスルー。
「……一か月で無理なら、いくら続けても無理だろう。だから、そこまでは俺も夫婦として真弥に向き合うことにしようと思う。だが、そこから先は、俺を自由にしてくれ。それでいいだろ?」
真弥のほうじゃなくて、美月に向き合ってそういう俺。
「……アタシじゃなくて、真弥に言う言葉でしょ、それ。そんなんで本当に向き合えるの?」
うるせえよ。
俺は美月に言われたことを気にしてるから、義理でそう言っただけだっての。
「不満なら、一週間でもいい」
「……わかったわかった。じゃあ、一か月は真剣に向き合って今後のことを考えてよ。真剣に、ね? 真弥もそれでいい?」
涙がこぼれないようにだろう、ゆっくりと頷く真弥。よし、同意は得た。
──問題は俺の身体だ。一か月で、胃潰瘍が再発しなけりゃ、いいけどな。
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