愛というものの認識
俺の追撃によって、真弥の顔が完全に凍り付く。
不思議だ。怒りに任せて暴れまくっていた時には気づかなかったけど。
今の真弥には隠し事はできそうにない。
「そ……んな、こと、ありません……今は、あなたのほうが、大事な……」
おっと、今回は俺が最後まで言わせねえぞ、バカ野郎。
やり返してやるわ。
「口だけならなんとでも言えるよな。結婚してからというもの、俺のことなど眼中にないくらい尚紀にのめり込んでおいて、いけしゃあしゃあとよくそんな出まかせを。尚紀に『一番好きな男の人はあなたです』とメッセージを送ってたくせに」
「あ、あれは……あの時、は、仕方なく……本心じゃない……」
「はん、それすらも嘘なのか? 真弥、お前一体いくつ嘘を隠してるんだ?」
信じてもらえないというのはこういうことだ。
信じてもらえないから、さらに言い訳すると、ますます不信感が募る。
「正直に俺の認識を言う。真弥の一番好きな男は尚紀だった。だが、尚紀は真弥を差し置いて浮気した。だから真弥は泣く泣く別れたが、それでも忘れられずに傷ついたままだった」
「……」
「そこにあらわれたのが、愚かな頃の俺だ。尚紀のことは忘れられないけど、こんなにも自分に愛情を注いでくれる男なら、きっと尚紀のように浮気はしない。だから安心して生活をゆだねることができる」
「……」
「生活の安定というものを手に入れたところに、真弥と別れたことを後悔していた尚紀から元サヤを迫られ、一番好きな男の愛情ももう一度手にしたくなった。つまり生活は俺に、愛情は尚紀に依存していたんだろ?」
「違います! わたしは、わたしは和成のことを世界で一番大事に思って……」
「世界で一番大事な人と、世界で一番好きな人は別、ってのがすごいな。真弥の中では」
「……そんなこと」
「なるほどわかった。世界で一番大事な人ってのは、自分が不自由なく生活できるために大事な人ってことだ。要はATMだな。そして世界で一番好きな人ってのは、その人の子どもを産みたいと思う人」
「……」
「だから、尚紀の子どもを妊娠したんだろ?」
唇を強くかむ真弥。そんなに悔しいか、反論できなくて。
「結婚式の時の言葉、憶えてるか? 『これからは俺だけ愛する』って言ったよな。ずっと引っかかっていたんだ。俺だけ愛してます、じゃないことに」
「……」
「変なところで正直になりやがって。まあ、今となっては俺だけ愛するってのも嘘だったけどな。この状態でどうやったら俺が真弥をもう一度信じられるようになるのか、俺が知りたいよ」
怒りが限界突破して冷静になるという不思議な現象。これも一種のサレラリだろうか。
たぶん今の俺の視線には、生きてきた中で最も軽蔑の感情が乗っていると思う。
「……わたし、バカだから。本当にバカだから。うまく言えないけど、和成が好きな気持ち、嘘じゃなくて。本当に嘘じゃなくて」
「いや嘘だろ」
「本当なの! 嘘じゃないの! でも、結婚したことであなたにずっと愛情をもらえるって勘違いしてた。油断してた」
「……」
「どんなわたしでも、和成は許してくれる。愛してくれる。そんな勘違いしてた。だから、付き合ってた頃わたしに愛をくれなかった尚紀に、過去わたしが与えた愛情を返してほしくなって、意地になってた」
「……」
「だから、尚紀から愛情を返してもらって、わたしの溜飲が下がったら、尚紀に返してもらった愛情をあなたに与えたかったの」
あきれてものも言えなかったよ。
よく理解できない言い訳を耳にして、改めて真弥のバカさがわかるわ。論破するぞ?
「……黙って聞いてりゃ。なんだその支離滅裂な言い訳。真弥の中では愛情ってのは一定量しかないのか? 愛情ってのは増えるもんじゃないのか?」
「……」
「ふつうは、真弥に愛情を与えて、そしてもし子供ができても、真弥への愛情も子供への愛情も変わらず注げる。百あるものを分け与えるんじゃない、真弥にも百、子供にも百注ぐもんだ」
「……」
「真弥の言い分じゃ、尚紀に愛情を九十くらい注いだけど返してもらえなかったせいで、俺に十しか愛情を注げなかった。そんなふうに聞こえるぞ。はっ、そりゃ浮気されるわけだよな」
反論できるなら、してみろや。いい機会だ、聞くだけは聞いてやるぞ。
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