夫婦としての会話

 さて。

 現在、家にいるのは俺と真弥だけだ。

 桂木と美月は、たわいもない話を十数分ほど繰り返した後、ふたりで示し合わせたように。


「じゃあ、アタシたちはちょっと用事があるから、消えるね。夫婦水入らずでどうぞごゆっくり」


 そう言いのこして立ち去った。

 阿呆、じゃあなんでバッグとかジャケットを残していくんだよ。あとで戻ってくる気満々だろう二人とも。


「……」


「……」


 だけどさ。もう何分無言状態続けりゃいいの。いったいどう打開すりゃいいの。

 誰か教えてくれ。


 …………


 はは。

 こうしてみると、俺の情けなさがよくわかるな。

 真弥の浮気が発覚してからというもの、俺が投げかけた言葉は、怒りに任せた激情から出たものだけだ。


 夫婦ってのが二人で一つだとするならば。

 たとえ俺に非がなくても、俺の存在を否定されたとしても、真弥の気持ちを理解しなければならなかったのにな。


 俺はただ。

 自分は悪くない、真弥が悪いと怒って、すねて、むくれて。

 自分が真弥にとって二番手以下だという残酷な現実を理解していながら、駄々をこねてただけなのかもしれない。


 ならば。

 美月の言う通り、どんなことがあろうと離婚すべきだったんだ。

 お互い不幸になるだけだってわかりきってるんだから。


 義両親に言えたことを、真弥に言わないわけにはいかない。


「……なあ、真弥」


 俺がしゃべったことがそんなに想定外だったのだろうか、真弥は、反射的に縮こまらせながら座っていたた身体をビクッとさせた。


 だが返事はない。


「もう、終わりにしないか」


 まだ返事はない。だがわなわなと震えているのはわかる。


「こんな状態で夫婦をやり直せるわけがない。たとえ時間が経ったとしても、心の傷はおそらく一生癒えない」


 うつむき加減の真弥の顔から、血の気が引いていくのがわかる。


「愛情をはぐくむ上で必要な信頼という土台が崩れているんだ。もうやり直すことは無理だ」


「……いやです」


 ここで真弥は俺のほうを見もせずに、拒否してきた。


「嫌です嫌です絶対に嫌です離婚したくないですお願いします」


「……」


「あなたを失うなんて耐えられません。お願いですから離婚だけはしないでください」


 予想はしていたが、やはりこう来るのか。必死だ。


「なんでだ」


「……あなたを愛しているから」


尚紀元カレよりもか?」


「…………もちろんです」


 問いかけの答えまでに少し間を置いたことで、俺は瞬時に沸騰しそうになる。

 おちつけ俺、ここで水蒸気爆発を起こしたら、また堂々巡りだ。


「取り繕わなくていい。本音で話せ。そうでないと会話の意味なんてない」


「嘘じゃありません!」


「……そこだけは即答なんだな。人は嘘をひとつつくと、それを隠すためにさらに嘘を重ねる。今となってはその言葉がよくわかるよ」


「本当です、信じてください! わたしはあなたと別れるなんて嫌です!」


 ずっと下がりっぱなしだった真弥の頭が、そこでようやく上がる。


「なあ、それを俺が信じられるわけがないって、本当は真弥もわかっているんだろ?」


「……」


 だが、すぐに俺から視線をそらした。


 真弥も正体不明な女だ。不倫真っ最中の時には、おそらく自分のことをもっとうまく隠せていたはず。

 なのに、今はリアクションから手に取るように本心がわかる。


「わかっているのに、無理を押し通そうとしたって、うまくいくわけがな……」


「……どうすれば、わたしのことを、信じてもらえるんでしょうか」


「……は?」


「信じてもらえるためなら何でもします。人生も懸けます。だから、どうすればわたしの言葉を信じてもらえるか、教えてください」


「……」


 こうやって俺に最後まで言わせないことで。

 俺の真弥に対する不信感がまた上がっていく、とは思わないのだろうか。


 嘘だらけの真弥に対し、俺だけは心のままに話そうと腹をくくろう。


「きっと、一生かけても、何をされても無理だ。無条件で信じることはできない」


 引きつる真弥の顔がすごく滑稽なおかげで。

 俺は追加攻撃を冷たく言い放つことができた。


「俺はどう頑張っても、真弥の一番にはなれないんだからな」



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