話し合いのつもりが
土曜日の朝のせいか人通りはやや少なめな街を、俺と桂木と美月、三人並んで歩く。
だが、全員無言だった。
俺の気持ちを読んでくれたのか、それとも桂木と美月で会話が成立しないのかはわからない。
ふん、今さらだ。
自分の気持ちなど、簡単にまとめられるはずもない。家に着くまでに開き直るしかないか。
そうして自分の家の前まで、あっさりと着いてしまった。
なぜか無意識にインターホンに手が伸びる。
「……」
いや。なんで自宅に戻るのにインターホンを押さねばならないんだ。
今日退院することは真弥も知っているはず。何の遠慮もいらないだろう。
思い直して、持っていたカギを玄関のドアに差し込みあけて、桂木と美月へと言葉をかけた。
「……よかったら、お茶でも飲んでってくれ」
「……いいのか?」
桂木は戸惑っている。美月は何も言わない。
「良いよ。ここまで来てくれたってのに、お茶も出さず帰したりしたら失礼な話だ」
「だが……」
「いいから。さ、どうぞ」
無理して三十五年ローンを組んで購入した家に、桂木と美月を招き入れる。
遠慮するように入る三人が滑稽だ。
すると。
「……あなた……」
真弥が玄関口で立っていた。
インターホンも鳴らさなかったというのに、なぜだ。
俺は思わず絶句する。
そんな俺の戸惑いをよそに、真弥はいきなり玄関口のところで。
「こんな目に遭わせてしまい、申し訳ございませんでした」
いきなり土下座を始めた。
真弥の神妙な声を久しぶりに聞いても、その時怒りがこみあげてくることはなかった。
ただ、鬱陶しい。
「……いきなりやめろ。来客もいるんだぞ」
俺がそうたしなめても、真弥は顔を上げようとしない。
さすがに桂木たちの前で怒鳴るわけにもいかず、さてどうしたものかと思っていると。
「真弥。アンタ、久しぶりに家に帰ってきたダンナに対して最初にかける言葉間違えてるでしょ」
美月がしゃしゃり出てくる。
そこでようやく真弥がハッとした。
「そうだな。真弥ちゃん、俺だったらこんな時こそ言ってほしい言葉があるよ」
桂木もいつものようにチャラさを前面に出さずに優しく諭したせいで、ようやく気付いたらしい真弥は。
そこでおずおずと立ち上がり。
「……おかえりなさい、あなた。退院おめでとう」
むりやり浮かべた笑顔を見せ、そう挨拶をし直してきた。
いまさらそんな茶番に何も感じることなどないが。
「……ああ。ただいま」
さすがに友人たちの前で、真弥を無視するわけにも怒鳴るわけにもいかず。
努めて冷静に俺がそういうと、真弥は目に涙を浮かべて頷いた。
──二番手以下の男のために涙ぐむことのできる女なんだな、真弥は。こいつの殊勝な態度に、もう騙されるわけにはいかない。
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