帰宅
「退院おめでとう」
俺が白い天井の部屋におさらばした日、一番に姿を見せたのは、親でも妻でもなく同僚の桂木だった。いかつい男だけというのも、これはこれでいい。
ちなみに親には来るなとだけ言ってある。
急性出血性胃潰瘍、と診断され病院暮らし二か月弱。
ストレスの元はのうのうと生きてはいるが、顔を合わせなければ割とストレスも減るらしい。
美月に激を受け、自分なりにいろいろ考えたことなどもあり、精神は日を追うごとに安定していった。
当然ながら、そうなれば病状も改善され。
なんとか退院できるだけの復活を遂げる。あと薬の力は偉大だ。
「ありがとうな、桂木」
「気にするな。おまえが出勤してくれないと、今度は俺が倒れるからな。媚び売りに来ただけだ」
こいつはこういう奴だ。むろん本心ではない。こいつなりの気遣いだろう、このツンデレめ。
「そうか。長期欠勤してまわりにも迷惑かけたな。すまんかった」
「謝罪などいらん。そんな気持ちがあるなら、俺の代わりに馬車馬のように働け」
……本心じゃないよな……?
まあいい。とりあえず──帰宅、は、したくないな。
真弥ともう一度腹を割って話し合おうと心に決めたはずなのに、俺の中に逃げ出したい気持ちがまた復活している。
はは。ヘタレ極まれり、ってか。
そんな俺の心境を察したのか、桂木がおもむろに俺の肩を掴み、食事へと誘ってきた。
「じゃあ、退院祝いってことで、天ぷらでも食いに行くか」
「食えるかそんなもん」
「んー、じゃあトンカツにでもするか?」
「桂木、おまえわざと言ってるだろ?」
「いや、おまえのそのこけた頬を見てると、なんだか無性にハイカロリーな食べ物を食わせたくなってな」
「完全復活したら頼むわ……ん?」
気遣いなのか気狂いなのかわからない会話をしてると、ひとりのショートボブの女性が、紺色のスーツ姿でこちらへ近づいてくるのが目に入る。
「……退院おめでとう、和成君」
「美月……ああ、ありがとう」
「げっ」
近寄ってきたのは今野美月だった。
そのことを認識した桂木が俺の肩を掴んでた手を離し、安全な距離をとる。
「な、なんで今野がここに来るんだよ!?」
「ああ、あなたもいたのね、無責任チャラ男の桂木君。なんでとはごあいさつね、仮にも大学の同級生だもの。退院祝い位するのが普通でしょ?」
「うっせうっせバーカバーカ、おまえそんなに和成と仲良くなかっただろうが。合コン大好きゆる股ビッチのくせにー」
「事実と違う誇大な表現されるのも不愉快だから、K2頂から滑落するか、マチュピチュで自分の心臓をいけにえにして儀式でもやっててくれない?」
ああ、ちなみに今しれっと美月が説明したが、実は俺と美月は大学の同期だ。そして美月は真弥と高校の同級生だったりする。
桂木と美月は合コンで知り合ったはずだが、なぜここまで仲が悪いのかは俺は知らない。ま、たしかにいかつい桂木と洗練されたモデルのような美月はミスマッチであるにせよ。
「で、和成君」
「……ん?」
「これから、戻るんでしょ? 自分の家へ」
「……」
「余計なお世話かもしれないけどさ。途中までアタシがついてってあげるよ」
本当に余計なお世話だ。逃げられねえ。
ちくしょう、完璧に見透かされてやがる。
美月は、結局真弥の味方なのだろうな。女同士だ、それも致し方ないのかもしれないが。
結局、こういう泥沼において。
心が弱いのは男である俺のほうなのだろう。
──理不尽、だ、な。
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