訪問者
俺が散々嫌味を──いや、怒りが正しいかもしれないが──投げつけたせいか。
あれから真弥は病室に来なくなった。
おかげで俺の病状は安定してもおかしくはないのだが。
ひとりになったらなったで、いろいろ考えてしまうこともあり。
結局、落ち着かない。
これはもうどうしようもないのだろうか。
そんな鬱状態に置かれている時、突然連絡もなく見舞客があらわれた。
「和成君、気分はどう? お見舞いに来るの遅れてごめんね」
ショートボブの髪型に、モデルのようなすらりとした体形。見舞客の名は、今野美月。
俺と真弥を引き合わせてくれた女性である。
彼女は、性格的にはすごくはっきりした人間で。
竹を割った性格という言葉がしっくりくる、今どき珍しい女性だ。
だからこそまわりの信頼も厚く、真弥も頼りにしていたようであった。
妙齢の女性らしくない、袋詰めのバナナというお見舞い品をテーブルの上に乗せ、備え付けの椅子に座り俺のほうを向く美月の目は険しかった。少なくとも俺のお見舞いに来たと言いつつ見せるそれではない。
まあ、何が言いたいかというのはわかった。最初に俺の病状よりも気分を心配してきたのだからな。
「……初めに言っておくけど、余計なお世話は御免こうむるよ。お見舞いに来たなら俺のストレスを増やすような発言は控えてくれ」
「まわりが何も言わなくても自分で勝手にストレスを増やしてるんじゃない? 和成君は」
「……」
これだよ。
手厳しすぎて言葉に詰まる。
「まったく。男らしくないったらありゃしないわね」
どういう意図で美月がそう言ったのかはわからないが、『男らしくない』という今でいうと男女差別にもとれるような言い訳を耳にして俺はカチンときた。
つい反射で口を開いてしまう。
「ずいぶん勝手なこと言ってくれるな。ふざけないでくれ、浮気した妻を許すことが男らしいってことなのか?」
「そっちじゃないわよ」
だが、そんな言葉は想定内とばかりに、美月は平然と言い返してきた。
「まわりに懇願されてしかたなくでも、すべてがめんどくさく感じたとしても、和成君は一度は真弥とやり直すって決めたんでしょ?」
「……」
「ならば、真弥を責めてばかりいないで、ちゃんと向き合う必要があるんじゃないの? 仮にもまだ夫婦なんだからさ」
「……」
「なのに、和成君は真弥を責めるばかりで、一歩も前に進めていない。もちろん和成君の気持ちも怒りもわかる。でも、向き合うのが無理ならばなんで離婚する意地を通さなかったの?」
「……」
「だから男らしくないって言った」
完敗。
冷静に考えれば、美月に口でかなうわけがないのだ。
「お互い納得できるまでお互いを見つめ直してから、やっぱり無理、別れるって言うのなら、アタシは止めない。むしろ再スタートするのにけじめがついていいと思う。だけど、お互いがお互いの中に閉じこもったままじゃ、絶対解決なんて夢のまた夢だよ。だから、少しだけ前を向いたら?」
「……前を向くって、どうすればいいんだよ。俺にはもう……」
好き勝手いわれてまた惨めな気持ちがよみがえる俺には、すっかり負け犬根性が染みついているのだろうか。
悔しくて仕方がない。
「真弥の言うことが全部嘘に思えて。真弥の気持ちが俺にないことが痛いほどわかって」
「そんなこと……」
「あるだろ。俺は二番目以下。一番好きなのは元カレ。おまけに俺とは常に避妊していたのに、元カレとは子どもができる行為をして、しかも無事妊娠した。これだけを見て、どうして真弥の気持ちが俺にあると言えるんだ?」
「……」
こんどは美月が黙り込む番だった。
ここぞとばかりに、俺は自虐的な言葉を並べる。
「ATMみたいな扱いだろ、俺は。だから真弥は困るんだよな、離婚したら生活に困るから」
「……あのさ」
苦虫をかみつぶしたような表情の美月が、そこで割り込んできた。
「本当にバカだけど、殴りたいくらいバカだけど、救いようのないバカだけど──アタシの親友は、そこまで腐った女じゃないって、アタシは信じてるところもあるんだ」
「……」
「だからさ……お願いだよ。やり直せなんて言わない。アタシの目が狂ってないかどうか、和成君に判断してもらえないかな? 真弥が腐れ外道なのか、それとも違うのか」
「……」
「その判断だけで──いいんだ。それで自分のことも見つめ直して、無理そうなら離婚していいし、そうじゃないなら、ならそこからどうするか考えればいい」
最初の勢いとはうってかわってしおらしくなった美月にどう合わせればいいんだ。調子が狂う。
まあ。
美月の身で考えると。
関係ない第三者なようでそうでもない、という微妙な立場に置かれて、けっこう苦しんでいるのかもしれないな。
それに、確かに一度やり直すと決めたのは、俺自身の意思も少しはある。
なのにこのまま女々しく罵倒を繰り返すようでは、俺のためにもならないんだろう。
「……わかった。だが、少し考える時間をくれないか」
俺は美月にこう答えざるを得なかった。
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