わたしのせいだ
──ここは、どこだ?
ああ、一面の暗闇だ。どこにも光なんて見えない。
まるで俺の現在過去未来のようだな。
ははっ、もう笑うしかねえよ。
夫婦ってのは、誓いで成り立ってるもんだろ? お互いしか愛さないっていうさ。
だからこそ、そこに光があるんだ。
だけど、その愛がまがい物だったら、このざまだ。
虚構の中に愛など存在できるわけがない。
例えそこに光があったとしても、それは暗闇と一緒だ。
「……せいだ……」
声が聞こえる。なんだろう。
「……たし……いだ……」
泣きながら、何かを叫んでいるようだが。聞き取れない。
「わたしの……せいだ……わたしが和成を……こんなにも苦しめた……」
ああ、すごく忌まわしい声だなあ。
もし俺に自由な身体があるなら、この声を発する相手を思い切りぶん殴っているはずなんだが。
俺の身体は、残念ながら動かないんだ。命拾いしたな。
うん?
それでも、瞼だけは動きそうだぞ。
そうか、目を閉じていたから、暗闇しか見えてなかったんだ。あほか、俺は。
でも、目を開けたら、今よりも濃い闇に覆われそうだ。俺の予感は当たる。なんせ浮気のそれすら見破ったわけだし。
まあいい、目を開けるしかないか──
………………
…………
……
「……ん……」
「和成! 和成ぃぃぃ!!!」
ああ、聞きたくもない声を最初に聞かせられるなんて、俺はなんて不幸なんだ。
「わたしのせいで、ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさい、ごめ……なさああああぁぁぁぁいいいいぃぃぃぃ……ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
なにこれ。地獄にいる俺を、さらなる地獄へと呼びだす哭き声? 不快指数マックス過ぎて言葉すら失うぞ。
「ここは……地獄か?」
鬼ならぬ真弥がしばらく泣きじゃくり、ようやく落ち着いた後で、俺は現状を認識するためそう問いかけた。
「……病院、だよ。胃潰瘍で、血を吐いて、倒れて……」
「……ああ」
現実が追いついた。血液不足で脳の回転も鈍ったか。
そうだ、俺は真弥の実家で血を吐いて──
「……わたしのせいだ。ごめんなさい」
「そうだな、真弥のせいだ」
「ああああああぁぁぁぁぁぁ……」
うっざ。まーた泣き出しやがった。
血液不足な脳みそに不快信号送ってくるんじゃねえよ。
「真弥が泣いたところで俺の胃が治るわけじゃねえ。だいいちここ病院なら、静かにしろ。迷惑だ」
いやまあ、真弥がいること自体迷惑なことこの上ないんだけど。
こんな時こそ、このボタン、ぽちっとな。
「……小野さん? 気がつかれましたか? では、先生を呼びますので」
看護師襲来。本当にすごい感じだったわ、鼻から牛乳ならぬ鼻から血液。
とにかく自分の身体の状態については専門家に聞くしかあるまいよ。
「というわけで、帰れ」
「いや! 和成が心配……」
「おまえがいるとまた血を吐きそうだから。これは冗談じゃないぞ。失せろ」
俺に責められ、真弥はようやく病室から姿を消した。
──どうやら、しばらく落ち着けそうだ。家に戻らなくて済むからな。
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