義両親
「……どうにか、離婚することを認めてもらえないでしょうか」
今日は日曜。
真弥を自宅に置いたまま、俺は真弥の実家へ一人で向かった。
義両親にお願いをするためだ。
真弥の父親は、偶然にも俺の会社の取引先で働いている。
離婚という決断に踏み切れなかった理由は、そこにもある。
『真弥も後悔しているし、一時の気の迷いに違いない。会社間の関係にも悪影響が出てしまうかもしれない。頼む、私の顔を立てると思って、今回は真弥を許してくれないか?』
こんな説得は、ありきたりだが、考えさせられる。
こんなことなら真弥との結婚を会社に明かすんじゃなかった、などと思っても時すでに遅し。ここでの決断によっては、俺が勤める会社が左右されてしまう。
個人の私怨で、無関係な人間まで巻き込むことは避けたかった。
でも、もう限界だ。
「私と真弥は、もはや夫婦という体もなしておりません。かたや、裏切られたことを怒り、悲しみ、謝罪の言葉すらも信用できず、また浮気するんじゃないかという恐怖におびえながら生きていくだけ」
「……」
「かたや、許される未来が見えず、自分がする心からの謝罪すら嘘くさく聞こえると理解していても、ただただ謝罪することしかできない。そんな歪んだ夫婦なんて、夫婦じゃありません」
「……」
「悪いのはどちらでしょうか。浮気をした真弥か、それを許せない私か。もし私が悪くないというのであれば、一生のお願いです。離婚させてください」
「……」
「会社のことが問題なのであれば、私は退職します」
俺の必死の懇願を、真弥の父と母は、悲しそうな目で聞いている。
「……やつれたな。和成君」
そして父親が発した言葉には、幾分の同情が含まれていたように思う。
「私としては……娘がかわいい。バカな父親だと思ってくれてもいい。そんな親バカ全開で責められるべき娘をかばい、和成君に苦しみを味わわせてしまうことをわたしのほうこそ謝罪しなければならない」
「……」
「だが……真弥は、本気で後悔しているんだ。ほぼ毎日、悲しそうに泣きながら、自分がしてしまったことの愚かさを責めつつ、どうしたら和成君に許してもらえるのか。そんなことを訊くためだけに、私と妻に電話をかけてくるのだよ」
愛する娘の味方であることは、親として当然のことなのだろう。
だが。
「だから、どうか……つらい思いをさせて本当に申し訳ないが、どうか、今後の真弥を見てくれ。心を入れかえ、二度と同じ過ちを繰り返さないと私たちにも誓っている真弥を」
ここで俺の胃が痛くなった。
痛みに耐えつつ、俺は反論する。
「これからのことじゃなくて、今までのことが重すぎるんです。問題なんです。浮気発覚ぐらいで心を入れかえられるんですか? ならば、なぜ結婚したときに心を入れかえられなかったんですか? 浮気発覚のほうが、結婚よりも人生の転機として、自分が生まれ変わる出来事として重要なんですか?」
「……」
「そんなに簡単に浮気をやめられるなら、最初から浮気なんてしないんじゃないですか? また簡単に浮気を再開するんじゃないですか?」
「それは……」
「私に落ち度があったなら致し方ないと思えるところもあります。ですが、私に何の落ち度もないのに裏切られて、なぜ私がさらなる我慢をしなければならないのですか? それでも一緒にいようなんて言うこと自体がおかしいのです。しょせん、私より浮気相手のほうを、真弥は愛して……」
「それは違う! 断言できる、それだけはわかってくれ。間違いなく真弥の一番大事な相手は和成君、君なんだ!」
「……へえ。ならばなぜ浮気相手に、『一番好きな男の人はあなたです』なんて言ったんでしょうね?」
「……」
「一番好きな人と一番大事な人は違う、なんて言い訳、通用しませんよ?」
ズキン、と激しく痛む胃に負けないように、俺は口調を強くする。
義両親が反論できるはずもない。
──もう、限界なんだ。
「所詮、俺なんて……真弥にとって、二番手……以下……」
「! 和成君! しっかりするんだ! おい、早く、早く救急車を呼べ!!!」
俺は最後まで自分の言葉を言えないまま──吐血して、意識を失った。
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