相談しましょ

「……そんな理由で、必死に残業頑張ってたわけか」


「……ああ」


「いやな、それにしても働きすぎだ。和成さ、もう今月の残業時間百時間超えてんだろ? これ以上残業すると会社に絶対怒られるし、こんなんで倒れたら社全体がブラック扱いされるだけだぞ。自重しろ」


「……すまん」


 同僚である、桂木大作かつらぎだいさくと飲んでいる金曜。

 帰りたくないという気持ちが、居酒屋に寄る回数を増やしていることは確かだ。


「しっかし、お前の嫁さん……浮気するようなタイプには見えなかったのにな」


「見ただけでわかるのか」


「はっは、俺がいままで女に裏切られたこと、何度あると思っているんだ」


「……」


「冗談だ冗談。いやあながち冗談でもないけど、俺はまだ笑って忘れられる状況だからいい」


 ぽんぽんと俺の右肩を叩き、気を使ってくれる桂木。こいつはちょっと笑いに振り切れている部分はあるが、心底いいやつだ。今日はおごってやろう。


「で、嫁さんはその後どうしたんだ?」


「……子供は堕ろした。いや、むりやり堕胎させられた、ってのが正しいか。義理の両親が烈火のごとく怒り狂ってな」


「ああ……」


 生命のかかわることなだけに、桂木もここで冗談は飛ばしてこない。

 まあ、堕胎という選択も致し方ないのだろうか。冷たいようだが俺はもちろん育てるつもりなどないし、かといって真弥に産んで育てる覚悟があったわけでもないので。


 生まれてくる前に失われた生命、それに何か思うところがあったのか、目を閉じて日焼けしたたくましい腕を前にのばし、桂木がグラスを掲げた。


「ま、どちらにしても、真弥がちゃんと避妊していれば防げたことだったはずだ」


「……でも、嫁さんが言うには、避妊しなかったのはたった一回だけなんだろ?」


「その行為が俺との結婚記念日で、しかも俺は真弥とは常に避妊していたんだが?」


「それは……やるせねえな。俺だったらそんなことがあったら『上書きしてやる!』って目いっぱい中出ししたるわ」


「……もう俺はたねえよ」


「はぁ?」


「真弥に対して」


 酒のせいか、鬱になりそうなこともべらべらしゃべれる。こんなのを聞かされる桂木はたまったもんじゃないのだろうが、我慢してくれ。

 こんな状況じゃないと話す気にならねえんだよ。


「俺のことを好きでもないのに結婚して、堂々と他の男と浮気するような汚い女、抱く気にもならない。何度か『抱いて』って迫られたけど、ピクリともしなかったわ」


「……病んでるな。それも致し方ないか。致せねえんだから」


「うまくないぞ。あとEDって立派な病気だからな」


 肉体的な理由であれ精神的な理由であれ、立派な病気なんだ。世の中はそう見てないかもしれないが。


「そんな状況じゃ勃つもんも勃たんわな。俺が治してやろうか?」


「俺は同性愛に興味はないぞ。まさかお前に彼女がいないっていうのは……」


「んなわけあるか……っておい、ケツの穴隠すのやめろ」


 タン、と小気味いい音をさせ、テーブルにグラスを置いて桂木がまじめに俺を見てくる。


「女のことは女で忘れるしかねえ。お前にその気があるなら、女の一人や二人紹介してやれないこともない」


「……いや、俺に紹介する余裕があるならお前、自分のことを優先させろよ……」


「はっは、そうできるならそうしてるわ。紹介するのは俺の妹だ。兄の俺が言うのもなんだが、割と器量よしだぞ?」


「……はあ?」


 突然の提案。

 まさかこいつに妹がいるとはな。桂木の妹……やっぱこいつに似ているのか? いや、確かに桂木もルックスは悪くないけど。

 でも俺、桂木をお義兄さん、て呼ぶのはマジ勘弁だわさ。


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