真弥の気持ち(真弥視点)

 わかってる。

 私が馬鹿だったって、わかってる。


 わかってる。

 和成かずなりが許してくれないことぐらい、わかってる。


 それくらい、私がしてしまった浮気ことは、罪深いものなんだ。


 私が一方的に熱を上げていた昔の彼氏である尚紀なおきと別れてから、すぐに友人の紹介で出会った和成。


 尚紀を忘れられなかった私なのに、和成にぐいぐい押され。

 それまで一方的に愛するだけだった私に、和成は愛される気持ちよさを教えてくれた。

 だからこそ、私は愛された分だけ、和成だけを愛し返そうと決めたつもりだったのに。


 いったい、なぜこうなってしまったのか、自分でもわからない。


 だけど。

 私が狂っていたことは、今ならわかる。


 ある日。

 和成にプロポーズされ、結婚を控えた私に、突然尚紀から連絡が入った。


『俺のことを心から愛してくれた女は真弥だけだと、今になって気づいた』


 今思えば、そんなのは私をもう一度篭絡ろうらくするための、尚紀の嘘だったに違いない。

 それでも、汚い私は。結婚を控え、これからゆるぎない愛を和成から受けられると安堵してしまった私は。


 ──いままで一方的に私から与えた愛を、結婚前に少しでも尚紀から返してもらおう。


 そんな汚い考えにとらわれてしまった。


 愛情を与えても、まったく返してくれない尚紀と。

 愛情を与えなくても、たくさんの愛情を渡してくれる和成。


 その時の私は、尚紀に対して憎しみがあったように思う。


 まるで借金を返してもらうくらいの気軽さで。

 私は、尚紀に貸した愛情を少しでも返してもらったらすぐにさよならして、そのあとに和成へたくさんの愛情を返そう。

 そんなふうに悪だくみをしてしまったのだ。


 行動の根底にあったのは、和成のことだったのに。

 和成は何もしなくても、私に愛を与えてくれるから、少しくらいほっといてもいいだろう。そんな安易な見通しもあったように思う。


 馬鹿だ、私。


 尚紀はやっぱり、私が好きだった、言葉では言い表せないくらい大好きだった男で。

 そんな尚紀が、今は私に愛を返してくれる。それがただただ心地よくて。


 私は、尚紀に望まれるがままに、愛と快楽に溺れた。


 罪悪感がなかったわけじゃない。

 だけど、尚紀に抱かれると、そんなことが頭から消えてしまって。

 情事が終わって鬱になることは、最初のうちだけだった。


 ごめんなさい。でも、私が一番大事なパートナーは、和成なの。

 私が与えた愛情を全部返してもらったら尚紀とは別れて、それからは和成だけの貞淑な妻になるから。


 ──だから、許してくれるよね?


 本当に、なんて愚かな考えなんだろう。

 私に無条件で愛情を注いでくれる和成を馬鹿にしていた、と非難されてもぐうの音も出ない。

 そんなこともわからない子供だったんだ、私は。


 そうして、尚紀に愛情を返してもらっても、まだ、もうちょっとだけ、なんていう感じでずるずると関係を続けてしまって。


 気が付けば、尚紀に注がれた愛情によって、私は妊娠した。

 皮肉にも、尚紀と避妊しなかったのは、和成との結婚記念日に抱かれた時だけだった。


 私は、記念日のことなど忘れて、尚紀に愛情を返してもらうことに必死だったのだ。


 妊娠検査薬が陽性を示したとき、後悔でいっぱいになった私が、どうしようと途方に暮れているとき。


『浮気してるだろ、真弥。二人の記念日のことも忘れて』


 和成にそう言われ。

 私はこれ以上ないくらいうろたえた。


『ごめんなさい、ごめんなさい。私が大事にしたい人は、愛しているのは、和成だけなの。別れたくない!』


 そのとき私が必死で訴えた本心など、和成に信じてもらえるはずもない。




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