浮気したくせに
今日も。
頼みもしないのに、夕飯を作って俺の帰りを待っている真弥。
何も知らない人が見たら、なんてよくできた妻だと思うのかもしれない。
だが。
こいつは浮気してたんだ、つい最近まで。罪滅ぼしにすらなっていない。
「……」
俺は無言で真弥の横をすり抜け、自分の部屋へ行こうとしたのだが。
「……あなた」
真弥に話しかけられ、思わず足を止めてしまった。
反応したくないのに、真弥のことなんか無視したいのに。なんで俺はそこで立ち止まってしまったのだろう。
メシはいらない、それだけ言うつもりで真弥のほうを仕方なしに向いたが。
「ごめんなさい。ほんとうに、ごめんなさい」
俺は真弥を責めるような言葉は何も発していないのに、なぜか真弥が土下座をして、そう繰り返していた。
「夫婦をやり直したいなんてわがまま、私が言う資格なんかありませんでした。それなのに、あなたはその言葉を受け入れてくれた」
受け入れたわけではない。
ただただ、面倒くさくなっただけだ。真弥と別れるのも、制裁をするのも。
「そんなあなたのためなら、私は何でもします。お金なんかいりません。あなたの許可がないなら外出もしません。私の身体だって好きにしていい。だから、あなたのそばにいさせてください」
土下座して顔を上げずに、真弥が続ける。
ただただ、反吐が出るな。
「うるせえな糞ビッチ」
俺が吐き捨てると、真弥はがばっと顔を上げた。つらそうな顔をしている。
バカヤロウ、つらいのはどっちだ? おまえのわけないだろ? 俺に決まってんだろ?
「そんな殊勝なこと言ったところで、信用なんてできると思ってるのか?」
「……」
「その言葉がもし本心から出たとして、ならばなんで浮気したんだ?」
「……」
「真弥は俺よりも、元カレのほうが好きだったからだろ?」
顔を上げたと思ったら、すぐに俺から視線をそらし、唇をかみながらワナワナと震えている真弥だが、反論などできるはずもない。
ガンッ!
俺はテーブルを蹴っ飛ばし、苛立ちを抑えきれないまま、罵倒し始めた。
「真弥は、俺より元カレのほうが好きだったから! だから、俺のことをほっといて、元カレに会いに行ったんだろ!? 元カレとセックスしたんだろ!? 元カレの子供を妊娠したんだろ!? 『一番好きな男の人はあなたです』って、元カレにメッセージ送ったんだろうが!!」
「……」
「ふざけん、なあぁぁ!!!!」
ドカッ!
もう一度俺はテーブルをけ飛ばす。
上に乗っていた豚汁らしきものがこぼれ、土下座したままの真弥にかかった。
「それなのにバレたとたん、錯乱しやがって! どの口で『別れたくない!』なんて言いやがるんだよ、おまえは! なんで別れたくないんだ、世間体のためか!? それとも、俺の給料が目当てか!? 元カレとイチャイチャしておいて、生活は俺に寄生しようってか!?」
「ち、ちが……い……」
「俺は真弥しか見えなかった、見えてなかった! なのにお前は、俺のことなんか見ていなかった! 元カレのことしか頭になかった! だから結婚記念日なんか頭からすっ飛んで、元カレとヤッてたんだろう!」
「ちが……」
「俺のこと好きでもなかったのに、なんで結婚したんだ! それこそ裏切りだろうが! プロポーズの時に「これからは
もう何度目だろうか、こうやって怒鳴ったのは。
どうせまたお決まりのパターンなんだ。
「う、うう、うえぇぇ……ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさぁぁぁぁいいいいぃぃぃぃ……あ、ああああ……」
ほーら泣き崩れた。
泣けば済むとでも思ってるのか、それとも泣いたらこれ以上俺から罵倒されないということを学んだからなのか。
浮気されてる間、一人の家で情けなく声を殺しながら泣いていた俺の気持ちなんてこれっぽっちも理解してないくせに。
なんでこれだけ罵倒されて、家から出ていかないんだよ。
蔑んだ目で真弥を見ていると、ふとキッチンにおいてある包丁が目に入る。
──ああもう、これで真弥を刺したら、こんな苛つく茶番劇から逃れられるのかな。ひょっとすると
そんな怖い考えを無理やり心の奥に押し込め、泣いている真弥をそのままにして、俺は自分の部屋へと戻った。
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