episode.4







「かっちょわるぅ!」



 そう言ったのは琥子だった。年に一度、懐かしい昔をたぐるように連絡をとり、居酒屋で酒を交わす。

 とはいえ、今年は結婚披露宴の場に居たから、実質は二回目。



「んーで、酔った勢いですぅ〜って?」

「悪意感じるねー、その言い方」

「昔はもっとちゃらんぽらんだったのに、今じゃヘタレで大人しく真面目くんだもんなぁ」

「良いことでしょ」

「悪くはないけど、なんか…善らしさが無くなった。やっぱほま」

「それ以上はやめといて。疲れる」

「あー、…うん。ごめん」

「しらけたし、そろそろ帰る?」

「あ、いや、まって」

「ん?」

「……今日、さ。呼んだの」

「…チッ…帰るわ。そういうの余計なお世話だから二度とするな」



 バンッと桁の大きいお札を2枚机に叩きつけて、狭い通路を早足で進んだ。がらがらと入口の引き戸に手をかけ、…ぶつかった。



「っつぅ…、すみません」

「帰んの?」




 見上げた先に、数年ぶりの誉の姿があった。



「…どいて、帰るから」

「送ってくわ」

「いらない。不愉快」

「……本当は?」

「うるさい、どけて」



 峰さんくらいかな、この身長は。…とか、余計なことがぐるぐると後頭部を叩きつけている。やめてくれ、頼むから…お願いだから、もういいから。疲れた、疲れる、疲れた…。嫌だ嫌だ嫌だ、とぐるりと一周する気持ちがつらくて、苦しくて、呼吸ができなくなって…。



「…あっそ。」



 誉が店の中に入った瞬間、俺は走って逃げた。街のネオンがこっちよ、と誘い込んでくる。そこを息が切れるくらい走り抜けて、生ぬるい風を振り払うように、ただ前へ。

 …気づけば、随分と離れた場所に来てしまっていた。しまった、この辺り詳しくないのに…どうする?と、脳を揺さぶる。

 あ、携帯…。ぴんと閃き、ポケットを探った。



「…え?あれ、何してるの」

「………ゆ、わ」

「綺麗な瞳ね、狼さん。」

「ど、して、ここ、に」

「動揺しすぎだよ。ほら、すぐそこ、私のお店。」

「え、え?…おみせ、おみせ?」

「咲耶から聞いてなかった?私、パティシエなの。小さいけど、お店を持ってぼちぼちやれてるよ。」

「…あ、菓子…」

「ちょっとそこ座ろう。」



 ユーワが指差した先には、公園があった。そこにはベンチがあって、そこに座ろうということらしい。…混乱した頭を整理するに良いかもしれない、と素直について行った。



「はい、これ。苦手じゃなければどうぞ」

「……アップルパイの匂いがする」

「匂い…ははっ、ふふふ。匂いもなにも、アップルパイだよ!…あはっ」



 お腹を抱えて笑う姿を見て、ぽかんと頭が真っ白になる。なのに何故か、心が落ち着きを取り戻した。

 渡されたアップルパイは、まだ少し温かい。甘い匂いがして、サクッとかぶりついた。



「大きな口だねえ〜」

「んがっ…うまいっす」

「そりゃ良かった。今日ちょっと作りたくなって、バイトちゃんたち返した後、一人で事務と片付けの合間にちょーっと、ね。なんだかそんな気分になったの」

「…ぐっ、そう」

「ゆっくり食べなよ。って、またお酒の匂いしてますけど。おにーさん」

「あ、あー…飲み会?」

「飲んでばっかりじゃないの。おくろっか、パーキングに停めてるんだ車」

「……今日は、やめとくわ」

「そんな遠慮しなくていいのに」

「犯すかも」

「………飲み過ぎ?」

「嫌なことありすぎて、頭パンクしてる。…なんかむしゃくしゃしてるから、何もしないで帰せる自信が、ない」

「了解。じゃあ、セックスする?」

「ぶっ…何言って、」

「言ったのは善だよ。…私もねぇ、あんな偉そうなこと言ったけど…一人じゃ淋しい、かもね」

「傷の舐め合いしたくないんじゃなかったの?」

「…んー、じゃあ、こうする?」

「こう、って?」

「付き合おう、私と。」

「……ショッピングってこと?」

「あなたはそこまで天然じゃないでしょ。…同棲しようよ、付き合って。で、お互いに好きになれたら結婚して、子ども作って…」

「ちょっ、ちょっと、え、え?」

「…なぁーんてことを考えてたら、本当に善が現れた」

「は?え?ん?んん?」

「びっくりしすぎだよ。…女の子だけど、いいんじゃない?淋しくなくなるよ」

「そんなこと、え、あー、あー…考えさせてください」

「了解。じゃ、着くまでに考えてね。送るからこっち!」



 完食したパイの入っていた袋をひったくり、俺を強引に車の方に連れて行った。訳の分からない展開の早さに驚きやらなんやらで、さっき受けた衝撃を超えた。…で、車に乗せられて俺は自宅に向かわれている。



「決まった?」



 玄関までふらふらな俺を連れて行き、どさっと玄関口に座らされた。というより、ふらふらで座り込んだ。ユーワはその高さに合わせるように屈む。



「今正常じゃないし、俺。だから、そういう大事なことは次会った時に決めたい」

「そっか。じゃ、無かったことにしよう」

「…それでいいの?」

「一期一会。意味、ちょっと違うかもしれないけど…運命じゃなかったってことだよ」



 へへ、と悪戯っぽく笑って、立ちあがろうとした。だんだんと顔が俺の視界から消えようとしたとき、



「………運命だよ」



 俺はユーワを引き寄せて抱き締めていた。







EP.4 end

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