episode.3
「……さん……」
気持ちいい声がする。…とても、安心する声が、する。
「守神さん!」
「…っえ……」
薄く夜が明けそうな空の下。煌々とコンビニの明かりが目に突き刺さってきた。車は心地よい温度と、乗り心地の良いシートをしていて…そうか、寝ちゃったのか。
「家の場所説明しながら寝落ちして、なかなか起きないからコンビニに来たんですけど…起きないから」
明かりがあるおかげで、半分だけ姿が見えた。…短い、ショートカットに茶髪。くっきりとした目鼻立ちに、ぐりぐりとした大きな黒目。目尻は少し垂れていて、唇は厚め。耳が小ぶりで髪を少しかけている。半袖から伸びる腕は白く、折れそうな細さだ。…胸は、ふっくらとしていてお尻もツンと突き出している。
後部座席をあけて揺さぶってくれていたおかげで、顔が少し近い。
「すみませ、…はーー、ふ」
欠伸がおそってきた。
「送れなかったんで、起きない間先に用事済ませちゃいました。バカサクに聞いたら休みだって言うし、じゃあと思って。遅くなってごめんなさい」
「いや、寝ちゃった俺が悪いですよ。…うーん。今日仕事大丈夫ですか?ユーワさん」
「ユーワでいいですよ」
「俺も善でいいっすよ。…遅くなっちゃったし、コーヒーでも飲んで行かないかなって思ったんですけど…」
「うーん、仕事は、休みだけど…」
「心配しないでください。俺、ゲイなんで」
「えっ?…あ、あー…そうなんですか」
まだ少しくらくらするおかげで、初対面の人にカミングアウトしてしまった。…ぼやあ、と頭の中がハッキリしない。
「……コーヒー、いただいていい、かな?」
「どうぞ。家は………」
海沿いに建っている一軒家。両親が海外に住むからと、当時新築だった我が家が俺のものになった。…一人暮らししていた時から嫌がられていたから、一緒にって言われないとは思っていたけど。まさか家を貰うとは思わなかった。
家に車を走らせる間は、窓を開けた先に見える海と波の音を聞きながら少し喋った。いつもキリキリと張っている神経が解れたような…そんな気持ちにさせてくれる。
「ここ?」
「うん」
喋っているうちに打ち解けた話し方になった。慣れてしまうと可愛いな、と言う気持ちがむくりと顔を出す。…女の子、なんだよな。自分が今まで好きだった男の子を思い出して、ぞくりとした。やっぱり俺は、欠陥だらけだ。
「大きいなぁ」
「そうかな。でも、一人だと寂しいものだよ」
「ふふ、寂しいんだ」
「おかしい…かな」
「ううん。一緒だなと思って」
「一緒?」
「うん。昨日ね、彼氏にフラレに行ったんだ。大好きだったのに…それは私だけだった」
峰さん…彼氏いるのに紹介しようとしてたの?と、なんだかモヤモヤとした気持ちになった。ジョークだったのかもしれないな、とも思ったけど。…若い頃はもっとふざけれてたのに、この年齢にもなると、生真面目な性格でしか生きられなくなって……息が、苦しい。
「出逢いは一期一会なんで。また現れるよ、ユーワにとっての運命の人が」
「…運命…」
「ん?」
「恥ずかしいこと、言えちゃうタイプだ」
「……大人を揶揄うもんじゃありません。コーヒーはブラック?」
話しながら家に入り、お掃除ロボットを横目に台所に入った。上の棚からコーヒー豆を取り出し、ポットで湯を沸かす。クツクツと染み渡るような音がして、お気に入りのカップを出した。
ユーワはリビングの大きな深い青色のソファに座っている。台所から見えたのは、悲しみを背負う肩と、艶やかなうなじ。ちらりと見える耳たぶに、心臓のあたりがぞわぞわとした。…女、なんだけどな。
「いい匂い。豆を挽くところからだなんて、おしゃれ」
「コーヒー好きだから。…趣味?」
「安らげる匂いと、体に染みる苦味。あとは…」
床に座っていたはずの自分が、初めて会った女の子にかぶさっていた。自分でも分からないまま、よくわからないまま、首筋に唇を寄せようとした時。ぱちん、と、両頬を冷たい掌が挟み込んだ。
「狼さん、落ち着いて。…好きな人がいるのに他の人を求めたら、それはただの傷の舐め合いだよ」
氷の中に飛び込んだように全身が冷えた。なんでこの人は、それを知っているんだろう…。
「女の子が好きでも男の子が好きでも、それは一つの好きにかわりはないから。心の中にいる人のことを大切にしてあげてよ」
にっこりと、堂々と、そう言った唇。熱い熱い涙が目に溜まり、ぽとぽととユーワの顔に落ちた。…弱くて、脆くて、震えたような動きで俺は…俺は、ユーワにキスをした。
EP.3 end
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