第2話

 大通りを駅に向かって直進、居酒屋の看板を目印に角を曲がり、抜け道として裏通りを抜ける。

 夜になれば活気付く場所なので、この時間帯では人影もまばら。店の仕込みや掃除などをする人が、ちらほらと個人の仕事をこなしていた。

 そんな人を眺めつつ、裏路地を通り抜けると――景色が、変わる。

 この都市で一番華やか・活気があるのは、駅を中心としたデパート群と、その周辺にある小売店集団だ。

 そして、駅の東側には役所や税務署などというような公共行政機関が、西側には警察や裁判所などの専門機関がそれぞれに構えている。

 ちなみに、大きな病院は郊外にある。この辺にあるのは救急病院だ。

 あまり生活感のない場所であり、利便性があって情報が集まる場所だからこそ、住民の生活を支える組織はこの区域に密集していて。

 役所の出張窓口や交番などは、地域ごとに勿論存在するけれど、可憐や大輔のような立場の場合は、直接本家へ行ったほうが事の処理が早いことが多くて。

 今日は違うけれど、可憐にとっては彼女が暮らしている地区の役所窓口よりも、本庁の窓口にいるお姉さんと顔見知りになってしまっていた。余談だが。

 とにかく、今、二人がいるのは駅の東側、ひときわ大きなビルである市役所の入り口……ではなく、その隣にある付属研究施設の入り口だった。

 市役所はデカイ。地上二十四階建て、マジックミラーではめ込み型の窓なので、役所の壁側面全体に周辺の景色や空模様を映し出している光景は、大パノラマの写真を見ているかのような錯角さえ感じるほどの鮮やかさがある。

 ちなみにコレも研究結果。紫外線や赤外線などを通さず、加えて内部のプライバシーも保護されるような造りの窓専用ガラスは、現在全国的な実用化に向けて、最後の追い込み真っ最中。

 玄関前ロータリーにはタクシーが常に十台以上常駐している、入れ替わる人のスピードも早いし、その年齢層も様々。

 ここには特許出願手続きが出来る窓口があるので、一般市民より白衣や作業着の人間が多いのは、この町ならではの光景ではないだろうか。

 そして、その隣にオマケ程度の存在で敷設されているのは、五階建ての建物。

 白に近い灰色の壁、外側からは確認できないけれども、五階のみロの字型で真ん中は空洞、箱庭になっている。

 しかし、この裏手にはもっと開放的な公園があるので、ここで本を借りた人は大抵そちらに向かうし、その公園やオープンカフェで時を過ごすのも、日常の光景として定着していた。そもそも、五階箱庭の存在を知る人も皆無に近いだろう。

 この建物は四階までを公共の図書館として一般開放されているため、本来の目的であるはずの研究施設だと捉える人は多くない。むしろ少ない。多分、五階は蔵書用倉庫だと思われているんじゃないだろうか?

 実際、ここの五階に部屋を持つ研究者も一人だけなのだが……その人物がどのような立場にあるのか、それもほとんど知られていない事実であったりして。

 ただ、そこにいる人物に用事がある二人は、迷うことなく図書館を目指す。

 入り口を抜けて、すぐ脇にある総合案内で許可証を掲示、そのまま少し奥まった場所にある職員専用のエレベーターに乗り込んで、五階を選択。

 四階までは一般開放の図書館なので誰でも入れるのだが、五階に行くためには許可証や予約が必要で、しかも、職員専用のエレベータにのらなければならない。ちなみに階段でも行くことは出来るが、不用意に登ろうとすると警報ブザーが鳴り響く仕組みだ。すぐに警備員が飛んできて身柄確保、それを仮に突破して階段を駆け上がったとしても……五階までたどり着くのは大変だろう。

 可憐や大輔も、過去に何度か、そのような命知らずが見事に返り討ちにあった場面を目撃したことがあるのだが、その度に侵入者に対して同情を禁じえないのは……人として当然だと思う。

 彼らは悠々とエレベータで5階へ。扉が開けば、クリーム色の壁紙と、所々にあるこげ茶色の扉、インテリアマンションのような印象を受ける。

 エレベータと通路は内側にあるので、すっかりあの人の家庭菜園化している箱庭では、今日も元気に名前のよく分からない薬草やら、誰でも知っている野菜などが風に揺れている光景を窓越しに見ることが出来る。

 そのうちまた、秋の収穫祭という名目でバーベキューとかやるんだろうな。楽しみ。

 ……と、可憐が立ち止まって窓の外を見つめながら未来に思いを馳せている間、大輔はスタスタと先へ進み、いつの間にか角を曲がって、彼女のメイン研究室の扉の前だったりして。

 その光景をガラスの向こうに発見した可憐は、我に返って後を追った。

 後ろから追いつく可憐をちらりと視界の端に捉えた彼は、扉に向き直り、軽く2回ノックして。

「姉さん、いるよな?」

「おーい、のっぞみーっ」

 室内にいるはずの彼女、その名前を呼び、了解を得ないまま二人は扉を開く。いつものことだから、特に問題はないけれど。

 問題なのは、むしろこの先。

 ごく普通の扉、その先には、


 ありえない光景が広がっていた。


 まず、床はコードの波。縦横無尽に部屋を走り回るコードは、何が、どこにつながっているのか、目で追うことが出来ないほど絡まって、重なって……そのうちの一本でもショートしたら、連鎖的に部屋ごとぶっ飛びそうな破壊力が予想出来る。

 部屋の両脇には、スチール製の棚がずらり。

 その中には文献やファイル、論文やもう必要ないけど忘れられた再生されない紙が沢山。詰まって詰まって詰め込まれて、とっくに限界を突破した棚が並んで威圧感を放っている。これが倒れてきたら間違いなく紙攻めで埋もれてしまうに違いない。人として、そんな末路は絶対イヤ。

 電気は半分切れている。室内は妙に薄暗くて……勉強や研究には向かない環境であることは明らか。

 そんな部屋の、一番奥。唯一の窓際には、一対の机と椅子。

 そこが定位置の彼女は、今日もいつもと同じように、その椅子に座ってパソコンに向かっていた。

 短い髪の毛が、首筋にかかって揺れる。

 くたびれた白衣を着た後姿は、もう何時間もその場に座っていることを示しているが……だらりと疲れた後姿、というわけでもない。周囲にある「のんびりのほほん」とした空気は、本人が持つ性格の故なのだろうか。

 そんな彼女は、椅子ごとこちらに振り向いて、

「いらっしゃい」

 柔らかくて優しい声で、訪問者である二人に天使の笑顔を向けた。

 そう、顔は美人なのだ。綺麗なお姉さんとはこういう人のことを言うんだと思えるし、眼鏡が知的、家庭的な雰囲気さえ滲み出すその穏やかな風貌は、本人の性格を考えると果てしなく詐欺だと可憐は思っているのだが、口に出したことはない、そんなこと口に出せない。

 彼女は大輔の姉・樹原希。現在十九歳でこの階唯一の研究者だ。

 部屋の奥で作業をしていた彼女は、相変わらずの景観に圧倒され、扉のところで立ち尽くしている可憐と大輔に、訝しげな視線を向けて、

「どうしたの? 入ってきていいのよ?」

「いや、あのね、希……この間よりヒドくなってない?」

 恐る恐る可憐が聞いてみると、彼女は至極当然だと言わんばかりの笑顔で返す。

「気のせいよ」

「それが希の気のせいだと思う」

 彼女の言葉をすっぱり否定して、二人は恐る恐る室内へ侵入。まるで泥棒のように抜き足差し足、余計なモノを踏まないように、希が作った獣道からそれないように、一列縦隊で進んだ。

 そして、すっかり本や書類の積み上がった椅子を発見すると、その上にあるモノを全て下に下ろして。

 希と斜めに向かい合う形で彼と並んで椅子に腰掛け、ようやく一息つける。

 彼女はそんな二人の様子を、ずっと、笑顔で見つめていて、

「ココア、飲む?」

 そんなことを聞いてくる。

 思わずハリセンでも持ち出して突っ込みたい気分なのだが……ここは希のテリトリー、その中心にいる二人は、既に、彼女の「まったり」な雰囲気に流され始めていて。

「あ、ボクは欲しい。大輔は?」

 可憐が手を上げ、彼が首を縦に振ったのを確認すると、希は笑顔で立ち上がり、まるでお花畑を通り抜けるような軽快な足取りで、あっという間にこの部屋の入り口へ。

 給湯室は別室になるのだ。そこに行くつもりだというのは分かっているんだけど。

 だけど……これが慣れなのだろうか。運動神経画決して悪くない二人が神経すり減らして通過した道を、ちょっと天然ボケでのほほんとしている彼女は積み重なったファイルにぶつかることもなく、紙一枚乱さず、あっさり通過していったのだ。

 重ねて言うようだけど、この部屋は常人が歩ける場所じゃない。超人がスキップで歩ける場所でもない。

 ……いや、希がスキップで出て行ったわけではないけれど……そういう軽快なBGMが似合う足取りだったことは確か。

 ゆっくり閉じられた扉、そちらを見つめながら、可憐ぽつりと呟いてみる。

「……大輔、希って何者?」

 すると、返事は即座に返ってきた。

「危険な姉貴」 


 そして勿論。

 三人分のマグカップをお盆にのせて帰ってきた希は、特に動揺することも無く、自身の定位置――要するに部屋の奥まで戻ってきて。

「お待たせ……って、どうかした? 私に何か言いたそうな目ね、可憐」

「何でもない」

 目をそらし、ため息ひとつ。

 女性には謎がいっぱいなのだ。


 それぞれがココアで一息ついた後、希から話を切り出した。

「さて、可憐が大ちゃんと一緒に私のところへ来たということは……残念だけど雑談じゃないわね。お仕事をやってきたってこと?」

 可憐、名前を呼び捨てにして尋ねる。

 ちなみに彼女、弟の大輔のことは「大ちゃん」と呼ぶのだが……その本人、「大ちゃん」は、最近それに妙な気恥ずかしさを感じているとかいないとか。

 希は基本的に、自分より年下の人間には、「ちゃん」や「くん」を付けて呼ぶ。それが実に「彼女っぽい」ので、誰も何も言わないのだが。

 って、それはまぁ、さておいて。

「町で見つけた反逆者の成れの果て。認定を受けていないし、ちょっと体を非合法にいじってる気配があったから……警告しておいた」

 警告、という割には思いっきり痛めつけていたような気もするのだが、そこまでは口にせず。

 また、希も可憐の「警告」がどの程度なのかを理解しているので、特に詳しく聞くこともなく。

 暗黙の了解のまま、話は進む。

「相手の属性は分かるかしら」

 かろうじて確保された机上の空間、利き手にペンを握った希が、今日の日付と時間を破ったそれに記入していく。

「んー……ちゃんと相対したんじゃなくて、ボクが一方的に奇襲したみたいになっちゃったから、はっきりしたことは大輔か警察からの調書を見てもらいたいんだけど……多分、「然」だと思うよ」

 魔法使いは、それぞれの力に応じた「属性」振り分けで区別されている。

 可憐がココで言う魔法使いは、分かりやすく言えば火を出したり水を出したりする、実に分かりやすい力の行使をするタイプのことだ。世の中には別の超人的能力で活躍している人もいるけれど……今回それは含めないことにする。

 彼らの区別は「雫」「焔」「然」「閃」「疾」、の、5種類。それぞれがどんな力を発揮できるのか、文字を見て一目瞭然であるようにと設定されたのだ。

 ちなみに可憐はその中の「雫」、水を媒介にした魔法を使うことが出来る。

 大量の水を生み出すことも出来るし、水を刃物に替えて何かを切り裂くことも出来る。彼女が生み出すミネラルウォーターは、口当たりが優しくでほんのり甘く、オマケにタダだから身内に大評判なのだ……余談だが。

 この属性は、親からの遺伝ではないことだけ分かっている。実際、「雫」と「雫」の両親から「焔」の子どもが生まれることもあるのだから。

 それ以外は謎のまま。それこそ、神様から与えられたギフトだと考えれば話も少しは美しくなるだろう。

 とにかく、分かっていることは、可憐が一生「雫」属性の魔法使いだということだ。他人の属性も、その人が纏う気配を見れば一目瞭然。どう頑張っても誤魔化せるような代物ではない。

 そして。

 国が認定して、この都市内で魔法を使っていい魔法使いには……右腕に印が刻まれている。

 それは、魔法使いなら誰にでも分かる印。わざわざ身分証を見せなくても自分の存在と立場を証明してくれる、至極便利な印だ。

 さっきの奴には、それの気配がなかった。

 だけど彼は、魔法を行使しようとしていたのだ。

 目的は分からないし、そんなの知る必要もない。ただ、認定外の魔法使いが魔法を使うことは、この都市の条例で厳しく禁じられていて。

 そんな存在を処罰する権限を、可憐は与えられている。

 一度目は警告、二度目は拘留、そして、三度目は処罰――死。

 一方的に見えるかもしれないし、実際その通りだと本人も思う。

 だが、この世界で、この都市で、魔法使いが認められているのはあくまでも裏向き。表の世界ではいくらこの都市の中とはいえ、魔法の存在すら秘匿事項なのが常識だ。

 そう、世界は、科学の力だけで発展したと思われている。

 そしてこれからも、そう、思われなければならない。

「どうせ、施設とかで御役御免になった嫌われ者の反逆だろ。まぁ、その辺を監視していないのは「機構」の責任だと思うけど、少しは自分の立場自覚しろってんだよね」

 足を組み直し、本音を吐き捨てた。

 彼らの存在は間違いなく世界を脅かす。魔法という存在が公になれば、人は科学よりも魔法に頼ろうとするだろう。

 それでは、きっとダメなんだと可憐は思う。今まで人は努力と根性で生き残ってきた。なのに、魔法という不可思議な力に頼ってしまうと……多分、世界のバランスそのものが崩壊して、取り返しのつかないことになる。

 現に人は、魔法を恐れて否定してきた。中世の魔女狩りが典型的な例だ。結局彼らは永遠に闇の存在、こうして、この都市の中だけという限定はあるものの、魔法を使うことが許されているという現実に驚嘆すべきなのだろう。

 だから、魔法使いが魔法使いとして生きていくためには、この都市限定の国家公務員になるか、そうじゃなくても何かしらの認定を受けて、大学やその他専門機関で働くか。

 それがイヤならば、可憐のような存在に見つからないように魔法を自力で封印して、慎ましく生きていくしかない。実際今も、可憐が異端分子に警告する――魔女狩りと似たようなことを行っているようなものだけれど……別に、彼女が特殊な性癖の持ち主であるわけもない。それには、彼女が生きるための理由がある。

 根本としては、死にたくないという思い。

 だったら……多少手荒な真似も見ないフリをする、そうしなければならない。

 希はある程度の調書(もどき)をレポート用紙に書き記すと、

「……今月は、多いわね」

 目を伏せ、ぽつりと、呟いた。

 可憐の役割は基本的に裏家業。報酬は役所からもらえるのだが(肩書きとしては公務員だし)、それは全て、大輔経由で希、希経由で更に上層部へ報告されてから、上の人間が大輔が持っている「証拠」と警察との情報交換を行ったうえで、可憐の行動が「適切だった」と判断されてから、である。最近はこの作業も簡略化され、判断にかかる時間も短縮されたとはいえ……可憐一人で仕事を行えば、逆に傷害罪で起訴される可能性もある。

 だから……「機構」からの正式な「処分対象」――「機構」が不必要だと判断した「魔法使い」を「処分対象」として情報開示、可憐のような「調停者」に狩らせるよう意図的に仕向けるのだが、その情報をほとんど頼りにせず、行き当たりばったりで仕事を行う彼女は、ある意味異端。

「ボクも聞きたいくらいだよ。最近は国家反逆者が多いわけ?」

 一ヶ月平均、可憐が「警告」する魔法使いの数は、多くて二十人。拘留や処罰にレベルが上がると、ゼロに等しくなるのが普通なのに。

 今月に入ってまだ半月、警告した魔法使いの数は二十四人、処罰まではいかないものの、拘留という措置を取った魔法使いは既に三人。

「しかもほとんど十代後半。若いと血の気が多いってこと? それにしても……バカバカしいことで自分の首しめちゃったね」

 彼らに同情するつもりはない。規則を破ることがカッコいいなんて思ってないから。

 余談になるが、可憐の報酬は基本給+出来高制。だからきっと、今月は凄いことになるぞ。

 ……さっき自分の意志で一人増やしたくせに。可憐の中にいる良心が突っ込む。

 可憐が彼らに警告する決定的な理由は、正当な目的なく魔法を行使した場合。

 そして、その理由が……世間的にあまりよろしくない理由だと判断出来る場合のみに限られている。分かりやすく言えば、犯罪の現行犯でない限り許されないのだ。

 ちなみにさっき、彼女が一方的に憂さ晴らしをしているように見えたかもしれないけど……実際はその少し前、彼が建物に向かって、何やら不審な動きをしていたから。

 いるのだやっぱり。自分の凄い力を見せつけようとして、建物壊したりする連中が。

 勿論、魔法使いだろうが一般人だろうが、逮捕されるのは警察、裁かれる法律は刑法。例外はない。

 ただ……犯罪を犯したとしても、魔法使いだと証拠が残らない可能性が高い。ライターを使わなくても火事を起こし、ナイフを使わなくても相手を殺せる。それが、魔法使いだ。

 だから、可憐のような魔法使いを殺す魔法使い――「調停者」の場合、未遂でも攻撃を仕掛けることが許される。相手がそれに応じた場合、要するに「悪かったですスイマセン」と土下座しなかった場合は――最悪、初犯でも命を奪って構わない、とまで。

 さっきもそのような感じだった。反抗してくる場合もあるが、そこで返り討ちにされるようならばこの世界で生きていけないわけで。

 要するに可憐は、この町で(言い方はともかく)「場合によっては人殺しを認められた人間」。同族殺し、この言われ方にも慣れたから、特に傷つきもしなくなっている。そんな自分に失笑。

 ただ、「相手に警告するかどうか」、その辺を判断して、可憐に最終的なゴーサインを出すのは大輔。全て、彼女一人の一存や個人的感情ではどうにもならないようになっている。

 相手が現行犯である、それを立証するのも、大輔の役割だ。

 希は書いた調書(もどき)を折りたたみ、同時にパソコンからメールを送信しながら、

「じゃあ、こちらから必要なモノは送っておくわ。大ちゃんも、お願いね」

「分かってる」

 彼が首肯したのを確認した希は、ココアを一口。そして、表情にいつものゆったりまったりさを取り戻し、

「そういえば……週間天気予報、見た?」

 唐突に天気の話。会話の最初にするような話を、後半になって切り出した。

 確かに本日日曜日、今週一週間の天気予報が発表されてもおかしくない。最近はすっかりその正解確率を上げ、信じない人がほとんどいなくなってしまったので、予報じゃなくて「告知」になっているような気もするのだが。

 二人ともチェックしていなかったので、顔を見合わせ、首を横に振る。

 すると彼女は……その口元に、にんまりと意味ありげな笑みを浮かべて、

「明日から徐々に、お天気、崩れるみたいね」

 刹那、二人は持っていたカップを中身ごと床にぶちまけそうになった。

「嘘ぉっ!!」

「姉さん、本当か!?」

 刹那、銘々に声を荒らげる可憐と大輔。

 天気が崩れる――雨が降る、ってことだ。

 それがどうした、と、思われるかもしれない。しかし、二人にとってはある意味死活問題。

 雨は……都合が悪い。洗濯物が乾かないとかいう理由ではなくて、根本的に、とにかく、都合が悪すぎる。

 最近は秋晴れの日が続いていたので、可憐の気分も上々だったのだが。

 世の中、都合のいいことばっかり続くわけではない。

 ため息をつく。万が一、予報が誤報になる可能性は……考えて頭を振った。今まで何度裏切られてきたことか。

 ちらっと、横にいる大輔を見やる。

 動揺などをあまり表に出さない彼も、久しぶりの雨情報に困惑気味。しかも明日から。眉をひそめ、何やら考えているようだ。

 そんな弟に、姉からトドメの言葉が。

「大ちゃん、無理はしなくていいのよ? 貴方だって、もう、子どもじゃないんだし……多分」

「多分って、姉さん、そんな無責任な……」

「だって大ちゃん、責任取るつもりだから、可憐の身元証明人になったんでしょう? そりゃあ、大ちゃんと可憐の事情は分かってるけど、身元証明人なら、晴さんを介して私でも大丈夫だったのにね」

「姉さん!」

 本当に珍しく、希に向かって大声を出した彼は……一人で目を白黒させている可憐を一瞥すると、口元を押さえながら、無言でその場から立ち上がって、

「……データは今日中に送るから」

「お願いね」

 笑顔の希。彼女がもっと表情を崩すシーンも見てみたいものだと思う。

 二人の会話の意味が分からず、可憐はその場でうろたえるしかない。

「ほら可憐、大ちゃんにおいていかれるわよ?」

「え!? あ、ちょ……じゃあ希、また来るね!」

 一人で扉の向こうへ消える彼を追うため、我に返った可憐も立ち上がり、その衝撃で周囲の本を2.3冊床に落としたりして。

 拾わないが。

 でも、

「……ねぇ、希、さっきの話だけど……どゆこと?」

 何となく掴みかけた話の流れ、それを確認したくて問いかけるも、希は意地悪な笑みを浮かべるだけだ。

「真相は本人に聞いてみるのが一番よ。もっとも、大ちゃんが素直に白状するとは思えないけど」

「うん、だから希に……」

 聞こうと思っている。

 そんな言葉を、彼女はやっぱり笑顔でさえぎって、

「大ちゃんが自分から言えるようになるまで、待ってあげてもらえないかしら? 私の口から出るのは憶測だから……真相はきちんと、本人から聞いてもらわないとね」

 そう言われると、彼はもう、何も言えないから。

 結局のところ。

 頭の片隅に疑問を残しながら、先に行った大輔の後を追ったのだった。

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