Re;Pray
えだまめ
第1話
くだらない、そう思いながら、少女はそれの頭をブーツで踏みつけた。
既に勝敗は決している。少女にしてみれば、ココでこれ以上手を出さなくても特に支障はない。
ただちょっと、秋服を買うお金がほしかった。ここでポイントを稼いで臨時収入ゲット、というのは実に魅力的なプランに思えて。
有言実行、もうすぐ完遂。
「――今更命乞いなんて、そんなみっともない真似しないよね? 自分の生き方を誇りたしなら、潔くいなくなっちゃえ」
極力甲高い声を意識しながら、少しだけ、足に力を込めた。
「それ」は少女の足の下で数回むせて、そのたびに、口元から唾液と血が交じり合ったモノを垂れ流している。
筋肉質の四肢が、小刻みに痙攣を始めた。
ビルとビルの隙間、抜け道としてでも誰も通らないような、湿っぽく暗いこの場所。
少し遠くで聞こえる大通りの喧騒が、この場所を現実と繋ぎとめているような気がした。
――コイツにはお似合いの死に場所かもしれない。
そしてボクも、いつか……こういう場所で死ぬのかもしれない。
直接手を下すわけでもないのに、冷め切った思考が、そんなことを考えてしまう。
さっき蹴り倒してから、それはずっと地面に突っ伏したまま。顔なんか思い出せないし、思い出そうとも思わないが。
でも、少なくとも……傍から見れば、異常な光景だろう。
標準サイズの大人より少しだけ巨漢な人間の頭を容赦なく踏みつけるのは、外見小学校高学年くらいの小柄なガキ。
一見、パワーバランスが完全に崩壊した光景だ。
でも、これが、少女にとっては当たり前でもある。
「そろそろいいよね? ボクもそんなに暇じゃないんだ。そろそろ警察が来る、事情聴取なんてゴメンだしね」
当然、足の下にいる彼が聞いているわけもない。痙攣するように体を震わせているが、言葉が言葉として少女に届くことはなかった。
「今度から、ボクみたいなクソガキにも注意を払うことだね。自分たちを監視してるのが大人だけだなんて思わないことだ。でないと……次は確実に、狩るよ」
喋りすぎだ、分かってる。
でも……最近ストレスがたまっているのは事実だった。同居人は無愛想だし、親友は天然ボケと一直線という極端な2人だし。
誰でもいい。というか、自分が自由に話せる場所なら相手がいなくても構わない。
少なくとも、イチイチ的確に突っ込む相手なんかいらないっ!
思わず、足に力を込めてしまう。頭蓋骨が、少しだけ嫌な音を立てた。
「……何考えてるんだろ。さっさと楽にしてあげないと」
その音で我に返り、らしくないことを考える自分に苦笑しながら……少女は右手で、スカートのベルトにくっつけたホルダーから武器を引き抜く。
プラスチックの外側が、わずかな光に反射。およそ武器とは思えない道具を片手で握り締めた少女は、その照準を、転がっている男の背中へ合わせる。
清々しいほど躊躇がない。何の罪悪感も、ない。
そして――
程なくして。
「それ」は完全に意識を失った。
と、
「終わったか?」
背後から声。振り向かずに返す。
「見れば分かるだろ? とりあえず、初犯だから警告のみだけどね」
少しだけ残念そうに呟く少女と入れ違いに、彼が路地裏の奥――先ほどの男が突っ伏している場所までやってくると、静かにしゃがみこみ、
「……本当に殺していないんだよな?」
「もしボクがそいつを殺していたら、跡形も残らないよ」
悪びれることなく物騒なことを言い放つ少女は、周囲を少し気にしながら問いかける。
「ねぇ、境のおじさんは? 呼んだんでしょ?」
「そろそろ来る頃だと思うが……だけど可憐、お前、最近やりすぎなんじゃないのか? 今の奴も、もう少し様子を見てから判断しても良かったはずだ」
脈拍や呼吸などを確認しながら少女を諌める彼に、当人である少女は真っ向から反論した。
「大輔だって許可したんだよ。それに、命まで奪ってないからいいじゃないか」
強い口調で断言した少女に、彼が返したのはため息。
「……「機構」から危険人物認定されて、狩りの対象にされてもしらないからな」
「またその話? 大丈夫だよ。ボクは清楚可憐で純粋無垢な女の子なんだから」
「言ってろ」
程なくして、一通りのチェックを終えたのだろうか……端から見れば、ただ、被害者を眺めていただけにしか見えないのだが……彼はズボンの土ぼこりを手で軽くはらいながら立ち上がり、
「他にやるべきことは?」
「警察が来る前にとっとと撤収」
「分かった」
意志の疎通は明瞭完結に。それがきっと、互いのため。
妙に殺伐とした雰囲気のまま、少女と彼は至極普通に、この隙間から表通りへ抜け出したのだった。
学術研究都市、その都市の別名はそれだ。
いまやその知名度は全国区、いや、もうとっくに世界レベルかもしれない。こういった名称の都市は国内に点在しているが、その中でも最前線を独走するのがこの場所だ。本来ここは、自然景観が残る中核都市だった。そこへ国が積極的に大学や院、研究所を集中させ、いつしかここは、日本の科学技術最先端の都市になっている。
だからといって、この都市が近未来的な――いわゆるSFの世界をそっくりそのまま再現したような姿というわけでもなく、電車や地下鉄、バスなどの交通網からその周辺のデパート、少し郊外には国立から大手企業の私営研究施設や理系色の強い大学、そこに籍をおく者たちが暮らす小地域……などなど、ごく普通に発達した学生と研究者の町。勿論郊外には自然も残っている。しかし、建物や町のゴミ箱など、一つ一つのデザインがスタイリッシュでカッコよかったりするので、周辺の町とは確実に違う色を放っているのも事実。
そんな、町で。
彼らは普通に暮らしている。
はずなのだが。
ここから一歩でも外へ出てしまえば、きっと、この「普通」は「異常」に、「常識」は「非常識」へと変化してしまうのだろう。
魔法使いの存在が公でないにしろ認められているのは、日本中探したって……この町だけなのだから。
この町は、科学技術の最先端を行く土地だ。だからこそ、「魔法」の力は必要とされた。
研究には無限にも等しい水や電気などの動力源が必要となる。それの不足を補うために、国は、かねてからその存在を散々軽視して闇に葬り去ってきた魔法使いに、この都市の中だけという限定付ではあるが、自由権を与えたのだ。
見返りは勿論、次元の供給と――
そう、魔法使いはずっとこの世界と共に存在していた。今までは認められていなかっただけ、それだけなのだ。
魔法使いといっても、その一般的容姿は普通の人間と相違ない。たまに何かが暴走した場合は、「人間やめました」という姿や性格になることもあるけれど、少なくともその場合は、さっさと身内から殺されてしまうだろう。
彼らは基本的に内向的だ。自身の手で自らの首を絞めるような行為は決して行わない。
だからこそ、今の姿があるんだと思う。
現在この都市を統括する科学技術庁が、数十年前に全国を一斉調査。すっかり分散して細々と生きていた魔法使いに、破格の待遇で協力を持ちかけたのだ。
キミたちの能力を最大限に生かせる場所を、そして、生きるために必要な権利を権利として保証することを。
そして、今。
その計画に賛同する魔法使いは、主に国の特殊公務員という肩書きで仕事に従事。知的センスの優れた魔法使いは、科学者と協力して未知の研究に取り組んだりしている。
そう、一見するとハッピーエンドな物語なのだ。魔法使いが基本的に知的好奇心旺盛で利益追求主義の性格が強かったからってこともあるけど、都市の構想からもうすぐ20年、両者は特に目立った争いごともないまま、この国や世界の未来のために協力し、ありとあらゆる研究を行っては特許を取りまくっている。
魔法使いも随分貪欲になったものだ。無邪気に魔法を使っているだけでは生きていけないことをよく知っているからこそ、だとは思うけど。
とにかく、彼らが暮らすのはそういう場所。
そして、過去に色々あったけれども。
今の生活を与えられた。今の役割を与えられた。
それからは、その役割を果たしながら生きている。
「おなかすいたー」
駅に続く大通りを歩きながら、少女はわざと、彼に聞こえるように言ってみた。
すっきり晴れた秋空の下、今日は日曜日でもあるので、道を歩く人も多ければ、車道を走る車の数も多い。
今は車もすっかりハイブリット、もしくは電動オンリーが主流なので、近くを歩いても排気ガスのむせるような臭いや熱さは感じられなかった。
歩道と車道の間の植え込みが、日の光を反射して緑にきらめく。
そんな中、等間隔で植えられたイチョウの葉っぱが微かに色づき始めているのに気がついた。
秋だな、と、しみじみ思う瞬間。人の服が変わってもそう思うけど、こういう自然の要素から季節を感じる感性だけは、忘れずにいたいと思う。
こういう町に生きているからこそ、なおさら。
両脇にあるのは、洗練されたデザインのビル群。大抵1,2階は店のテナントとして利用され、その上に会社のオフィスや首都にある本社の出張所としての役割を与えられたスペースが密集している場合が多い。
高さはそれぞれによって異なるが、それでも、見上げて威圧感を与えないように設計されているため、超高層とは程遠いんだけど。
そう。未来のデザインは「人の感覚」を最優先に考えられている。
一般的に見た目が美しく、威圧感や圧迫感を与えないように。体に何かしらの不自由がある人でも、快適に過ごすことが出来るように。可能ならば、その両方を備えるように。
「ねー大輔、聞いてますかー?」
頬を膨らませて服を引っ張る少女に、大輔と呼ばれた少年は、完全に明後日の方向を見つめながら答えた。
「右で聞いて、左から抜け出てる」
「それって聞いてないじゃん!! ねぇ、希のところに行けば成功証明で明日にでも報酬ゲットでしょ? 前借しよーよ、久しぶりにお肉食べたいー」
「勝手に食ってコレステロール蓄積してろ」
少女にガンガン服を引っ張られながら、それでもマイペースに歩き続ける彼。
身長はもうすぐ171センチ、今日は黒いパーカーに色落ちしたビンテージ系ジーンズ、スニーカーというラフなスタイルだが、眼鏡の奥にある瞳はどこまでも淡々と前を見つめているので、話しかけやすい雰囲気はそこまで感じられない。
顔だって整っているのだが瞳が果てしなく現実的なのでぶち壊し。もうちょっと愛想をよくしたら、確実に彼女の一人や二人できると思うんだけどなぁ……とは、少女談。
一見すると、少女の兄として妹の面倒を見ているようだが、彼――大輔は、年齢は十七歳の表肩書き高校生、ちなみに少女との血縁関係はない。
彼は、少女の「国に対する忠誠」を証明する第三者、というのが的確だろうか。
成人でない魔法使いは、国家公務員に一人、自身の証明人になってもらう必要がある。
自分の力を、決して、反逆に使うことがないように。
要するに、この仏頂面自分本位人間(少女談)の現役高校生、もう一つの肩書きは国家公務員。この肩書きに必要なのは人当たりではなく能力なんだということを改めて実感するような人選だと強く思う。
それはさておき。
この少女は、国家公務員(大輔)に監督されながら生きる魔法使い。国から離反した魔法使いを討つ権限を与えられたことを除けば、特に害のない忠実な魔法使いなのだ。
まぁ、少女の場合特に……離反しようものなら、確実に命がないのだが。
相変わらず前だけを見据えて歩き、少女の訴えに聞く耳すら持たない大輔を、膨れっ面で見上げてみた。
駅に向かっているのは、その近くにある建物に用事があるから。
どーにかして彼の関心を自分に向けようと頑張る、端から見ると非常に微笑ましい妹に見える少女は、クリーム色のロングカーディガンに赤地チェックのミニ丈プリーツスカート、そこから下はニーソックスにブラウンのハーフブーツを着用し、頭にはグレーの帽子。下のほうで二つに結った癖のある髪の毛が、歩くたびにふわふわと動いた。
大きな瞳が印象的な、可愛らしい小学六年生くらいの女の子。
大輔に言わせれば、偽りの外見の裏に本来の猛毒を備えたクソガキ。
コレだけ聞くと、血も涙もない発言に思えるのだが……でも、あながち嘘でもない。
完全否定できない少女は、いつも、憮然とした表情で無言の抵抗をするしかないのである。
「――可憐、おい、可憐!!」
いつの間にか手を離していた服。横にいたはずの彼に前方から名前を呼ばれ、慌ててその声のほうを向いた。
当人は歩みを進めながら、眼鏡越しの瞳で、「何驚いてるんだよバーカ」とでも雄弁に物語りそうな(実際物語っていると思うが)顔つきで少女を見下ろし、
「聞いてなかったなら、昼飯は俺が決めるから」
「え!? ちょっとタイム!! この間も大輔が決めて、結局ありきたりなジャンクフードにたどり着いたんだよ!! ボクは反対、断固反対!!」
声を張り上げて反対する少女に、大輔はふいっと視線を前へそらしたまま、遠くを見つめて続けた。
「たまにとてつもなく食べたくなるんだなー。俺は特に、毎日誰かさんの食事作りやその他もろもろで精根使い果たしているから、普通の高校生が好き好んで食べる食事に憧れを感じるわけなんだよ」
「自分は十分高校生を謳歌してるよねぇ!? それでもまだ不満を言うんだ、へぇー」
「言わせてもらうさ。それに、不満だったら一人でどこにでも食べに行けばいいじゃないか。違うか?」
言葉に詰まった。
違わない。
彼の言うこちはもっともだ。
だが。
小学生が一人で入れそうな店なんて、それこそ限られているわけで。
結果、ジャンクフードにたどり着いてしまうわけで。
「……いぢわる」
完全にふてくされた少女は、少しだけ早足になってみた。
大輔を追い越し、距離が、少しだけ開く。
しかし、根本的に足の長さが違うから、彼が追いつくのは時間の問題で。
涼しい顔で再び隣を歩く彼は、不意に、少女の頭にぽむっと手をのせて、
「昼飯安上がりだったら、夕食奮発してやるから。それで交渉成立、だろ?」
結局彼は、少女よりずっと大人なのだから。
毎度同じ手法で収まってしまう自分自身に呆れながらも、結局、大輔の提案に首を縦に振る少女――可憐なのだった。
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