第9話 星の神様と太陽の神様(1)

 初めてのキスのあと、なんとなく二人は手を繋いでいました。口に出すのも恥ずかしいのもあり、王女様は、嬉しいですわの一言しか言えませんでした。色々語りたいのになぜこうも言葉に出来ないのか。しかし態度からは十分に、月の神様には王女様の気持ちが伝わっていました。月の神様は、優しく王女様を抱きしめました。

「何故か色々お話ししたくなりますね」

 その言葉にホッとして王女様は言いました。

「私もです。初めての口付けがあなたで良かったです」

 そう言って微笑みました。ようやく緊張がとれたのかなと月の神様は思いました。私も緊張しましたけれどね、と言いたいけれど、そこは言うべきではないので、他のことを月の神様は言いました。

「今度、星の神様にあなたを紹介したいのですが、よろしいでしょうか?」

「ええ、勿論」

「太陽の神様にも来て頂こうと思っています。軽いお披露目といった感じなので気さくな気分でいて頂けたらと思います」

 王女様は緊張しました。神々に会うのはどんな人間でも緊張するものです。

「まぁ、そんな豪華なメンバーなら、思い切ってお洒落しないと。私のマナーなども見直しますわ、失礼があってはいけませんもの」

「あなたなら大丈夫ですよ」

 月の神様にそう言われて王女様はホッとしました。しかしうまくできるでしょうか、何しろ相手は神なのです。かなり緊張することが多そうですが、月の神様が引き合わせようとしているのは、お披露目の準備の一つなのかもと感じました。お姫様は、正装していくか、それに近い姿で行こうと決めました。服選びが大変そうですが、なんとなるでしょう。困ったら相談できる相手――月の神様もいます。


 風も冷たくなってきたので、二人はそろそろ帰ることにしました。

「今日は幸せな気持ちで眠れそうです」

王女さまにそう言われ、月の神様は微笑みました。小声で私もです、と告げ、雲の上で王女様を抱きしめました。王女様の髪からは薔薇の香りがします。王女様がお生まれになったときに祝福の薔薇を月の神様は贈ったのですが、その薔薇の香りに少し似ていました。

「この香りはあの薔薇に似ていますね」

「ああ、この香りはあの薔薇をイメージしてもらった香水なんですの。調香師に来て頂いて何度も打ち合わせを重ねた物ですわ」

「いい香りですね。私も好きになりました」

「それなら今度薔薇園に行きませんか?沢山の薔薇が見られて楽しいところです」

 人間に変身しなければなりませんね、と月の神様は言いました。

「そうですね」

 二人は顔を見合わせて笑いました。一緒に出かけることが今の二人には、とても嬉しかったからです。


 王女様を部屋まで送り届け、おやすみのキスをし眠りに落ちる王女様を見届けた後、月の神様は星の神様がいつもいるところに行きました。星空に彼はいつもいます。

「やあ。可愛い恋人とはうまくやっているかい?」

 星の神様が話しかけてきました。

「順調です。ところで今度、王女さまにあなたと太陽の神様を会わせたいのですが都合はいつごろなら……?」

「僕はいつでもいい。太陽の神様の都合にあわせよう」

「そうですね」

 太陽の神様が三人の中では一番忙しいので、そうすることに同意し、月の神様は言いました。

「太陽の神様にも納得して頂ける素敵なレディだと思います」

「君、そういうのは惚気というのさ」

「そうですかね?」

「うむ、そうに決まっている」

 星の神様は大笑いしました。その笑いからもまた星が生まれます。器用に星の神様は綺麗な形の王冠を作り、夜空に投げました。

「あの星を見ると、どんな時でも今夜のことを思い出せそうだな」

「また綺麗なものを作りましたね」

 月の神様は感心しました。

「まぁこういうのは得意だからねぇ……君から聞いた話が余りにもなんで、素敵な王女様を象徴するような王冠にしたのさ」

 そんな星の神様に月の神様は、彼なりの祝福を感じ取りました。

「有り難う」

「いいさ、気持ちの問題だ」

 そういって二人は朝までのんびり話をすることにしました。月の神様は、太陽の神様が起きて、天上に太陽を出したら王女様の話をするつもりです。太陽の神様の仕事が一段落した後でなら、よいだろうと考えたのでした。星の神様と随分話した頃、夜明けが近づきつつある時間になりました。月の神様と星の神様は揃って夜明けを待つ事にしました。

「ふむ、そろそろかな」

「そうですね」

 朝を知らせる一番鶏が鳴き、日の出が始まりました。ここは太陽の神様が一番力をいれる部分です。美しい朝の光を、生きとし生けるもの全てに届けるためです。ぐんぐんと太陽は昇り、やがて太陽の神様が二人の目の前に現れました。金色の髪をしたたくましい感じの男性の姿をとっているのが、太陽の神様でした。

「月の神様と星の神様じゃないか、どうしたんだ、修行か?」

 太陽の神様が二人に尋ねました。神様といえども全員、更なる高みを目指して日々修行を積む事を自らに貸していましたから、このように尋ねたのでしょう。

「いえ、今は修行ではなく、太陽の神様を待っていたのです」

「珍しいな、私に用事があるのか?」

「ええ、私に結婚する相手ができたので」

 いつもとは違い、用件を唐突に話す月の神様に、太陽の神様はすぐ質問を投げかけました。

「誰だ」

「いやーそれがね、人間の王女様なんだよ」

 脇から星の神様が口を突っ込みます。月の神様は一言も言えないまま、二人で話が始まってしまいました。

「ほら、あの王国の」

「神官が夜空色の瞳の一族か。悪くないと思うぞ」

 ここでようやく月の神様は言いました。

「夜空色の瞳の王女様です。とても聡明な方ですよ。一度太陽の神様と星の神様に会わせたいと思いまして、こうして待っていたのです」

「連絡ならいつもの梟でいいものを。まぁ月の神様はまめな性格だからな」

 そう言って太陽の神様が笑った後には、朝の光が溢れていました。生命力などもこの神様の担当なので、新しく人間や動物の魂となる存在が産み出されていきます。魂が地上におりたのを確認したあと、太陽の神様は言いました。

「明後日の夜なら都合がいい」

 月の神様は微笑しました。自分の意見を堂々と言う太陽の神様とは、自分とは正反対の性格ですが、どこかうまが合い、仲良くしてきたという長い友情の歴史を思ったからです。

「王女さまに明後日の夜に予定があるかどうか聞いてみますよ」

 それに太陽の神様は笑顔で頷き、返事を待っているといって手を振りました。これから太陽を天の高みまで昇らせていかなければなりません。生命力が落ちているもので、救える運命の存在なら、命を救うこと等をするから忙しいのです。

 月の神様と星の神様もそれぞれの住むところに帰り、夜の仕事までぐっすり眠ることにしました。神様も睡眠をとることは、よくあるのです。星の神様は全ての星の運行を司っているので、昼間は必ず寝ていました。月の神様は、夜も昼も月の形により仕事時間が変わりますが、今日は多めに寝られる日でしたので、ゆったり眠りにつきました。可愛くて素敵な王女様のことを思いながら、夢の中にと入っていきました。

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