第5話 恋人達の湖(2)

王女様は夕暮れのバルコニーで一人佇んでいました。右手の薬指の指輪は母に気付かれ、誰なのかと尋ねられました。とても素敵な方で、申し分ない方です。とても賢くて優しい方です、という王女様の答えに母であるお后様さまは満足しました。

 どこの誰か分からないけれど、自分の信頼している娘の選んだ相手を信頼することに決めました。森の中の湖に行ったことを聞き、お后様様は喜びました。誠実そうな相手です、いつか会わせてねと声をかけました。勿論内心は心配もありますが……きっと大丈夫でしょう。王様はどこの誰なのか知りたがりましたが、お后様様が聞かないようにと言うので我慢しました。ただそういう相手ができたことを喜んではいたので、今日は少し豪華な食事にしようと言いました。今はその食事を待っている時間でした。


 シェフが腕をふるいとびきり美味しい食事ができあがりました。花園からは薔薇をつみテーブルを飾ります。白いテーブルクロスが料理を引き立てます。


「王女様、お食事の時間でございます」

 女官が呼びに来ました。頷いて王女様は食事に向かいました。先の王様とお后様様が座っていました。

「お待たせしました」

 そういう右手には輝く指輪。これを贈れるのはかなりの資産家だなと王様は思いました。なにしろ月の神様が鉱山で一番いい石を選んだのですから高い価値があるのは当然なのですが、細工も非常によいのです。

「王女や、どうやら良い石を贈って貰えたようだな」

「はい。いつかご紹介します。素敵な良い方です」

「もう湖にも行ったそうよ」

「そうか、湖に行ったのか」


 若い頃王様はお后様様をエスコートして湖に行きました。その頃の思い出が蘇ります。若いお后様様の顔をちらりとおもいうかべ、今のお后様様を見つめました。昔と同じく美しい顔に少しつり目の瞳。当時の若い頃の王様が気品があると思ったものです。

「私の顔になにかついていますの?」

「いやいや、昔に二人で湖に行ったことを思いだしたのだよ」

「まぁ、懐かしい」

 お后様様はその頃の指輪をまだ大事に持っていました。結婚するときには別の指輪が用意され、日常ではそれを身につけていました。

「今度私もあの子を出してこようかしら。宝石箱に眠らせておくのは勿体ないわ」

 お后様様に贈られたのはサファイアでした。いつまでもあなたに誠実でありますという王様の言葉をお后様様は思い出していました。

「そうか、それもよいかもしれん。懐かしい」

 若い王様は宝石屋に何度も王宮に来て貰い、その石を選んだのです。当時はまだお腹もでていない格好良い王子様だったのですが、今は少しお腹がでていました。

「若い頃は懐かしい。なんど宝石を扱う者に来て貰ったことか……王女の相手もそうかもしれないのう」

「そうかもですね。本当にお気に入りの指輪になりましたわ」

「その相手をいつ紹介して貰えるか楽しみにしておるぞ」

「はい」

 王宮は割と自由な雰囲気で、恋愛も自由でした。以前に結婚した王女様の叔母は、商人と結婚して今はお店でも夫を助けているという話です。ただ王女様は第一王位継承者。どういう相手か素性は知りたい王様でしたが、王女を信頼しましょうというお后様の声に従っていました。

「ごちそうさまでした」

 今日は仔牛のステーキ。王女様の大好物です。猟師が今日持ってきたものでとても美味しいものでした。デザートにと出されたのはクイニ-アマン。王女様の好きなお菓子の一つでした。

「そろそろ部屋に戻りますわ、また明日。おやすみなさい」

「おやすみなさい」

「また明日ね、おやすみなさい」


 王女様が部屋に戻った後、二人はふうとため息をつきました。恋愛は自由でいいですが、結婚となると……その相手が相応しいかどうかは気になります。先日の医者が王様は気になりました。旅の医師のわりには上品でいい身なりをしていました。お后様にそれをいうと、人は身なりでは決められませんという言葉が返ってきました。見守るしかないという結論を二人は出し、部屋にと戻っていきました。


 王宮の中でも王女様の指輪は話題になっていました。どんな方なのだろうという話は皆思っています。王女様はよく街にも行きますから誰と恋愛しているか分かりません。身分ある人ではないかとも噂になりました。そうでなければあの指輪は贈れません。


 その頃王女様は月の神様をまってバルコニーに佇んでいました。少しずつ満月に向かう月です。指輪に目をやると、青いシラーが強まっています。そろそろ時間です。今日も小鳥で来るのかもしれないなと思っていたら、いつのまにか青い小鳥が肩に乗っていました。

「まぁ……可愛らしい。月の神様ですか?」

「見抜かれましたね」

 すぐ変身をといて月の神様は現れました。

「何か指輪の事は話題になりましたか?」

「母が気がついたのですが、そんなに聞かれませんでした。秘密っていいたかったのにチャンスがありませんでしたわ」

「いつかはご挨拶しなければなりませんね」

 月の神様は少し考えていました。神の花嫁になった場合、王位を継ぐことはできないのでどうすべきなのかを考えていました。王女様は一人娘なので王位を継がなければできません。あるいは神官として働いている王女様の従兄弟を王宮に呼び戻すことになるかもしれません。なに、まだまだ時間はあるのです、ゆっくり考える事にしましょう。今は可愛い恋人と一緒にいることが大事です。

「今夜は何処へ行きましょうか?」

「また湖がいいですわ」

 王女様の手をとり、雲にのって二人は夜の逢瀬を楽しむことにしました。

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